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品番がわからない場合


木下流コンセプトの実践

木下流コンセプトの実践
最初の作品から最適化建築理論を応用

具体的にひとつひとつの作品を見ていくと、「JFEケミカル・ケミカル研究所」は渦を巻く形状になっていますが、これはどういう物理的な状況に対応しているのですか。

「最適化をする」といって条件をフラットに並べてみると、建物の空間なり形なりを決定付ける一番コアになる条件が見えてきます。「JFEケミカル・ケミカル研究所」の場合は、延床3,000m2の内の半分位が実験室で、その実験室は民間の研究機関なので市場の求めるものに合わせて、研究内容がどんどん変わっていくんです。中はなるべくフレキシブルに使えるようにしてほしいと言われていて、そこを分節したり、細かい部屋に割ることはできない。なおかつ間仕切りで研究分野ごとに分けられるようにしておかないといけない。それを素直にやろうと思うと、片廊下型でどこからでも入っていけるようにすれば、間仕切りの位置も自由に変えることができると考えました。但し片廊下で並べていくと当然建物は長くなります。長くなると敷地に納まらないので、グルッと回しています(笑)。巻く時に1階と3階の間にスペースを空けて、そこに執務室を挟んでいます。その執務室はそれぞれの実験内容が集約される場所なので、動線的には真ん中にあるのが合理的ですが、セキュリティ的には他の部分と切り離されていることが重要なので一連の片廊下から外して間のスペースに位置付けるのが合理的です。セキュリティが増していくと、普通どんどん奥に入っていくので、どちらかというとオープンな場所というよりは、クローズな場所になります。でもグルッと回して間のスペースに入れているので、実質の空間としては水平方向に開放的になるというのもこの構成のメリットです。

なるほど、よく考えていますね。僕には1回聞いただけでは、全部はわからないけれど。

この渦を巻く構成は、設備的にも意味があります。実験室は実験排気がたくさん出るんですが、平屋だと屋根からドンドン出せますから、給排気が容易になります。しかし、建物が多層になると下の階の給排気がやりにくくなります。そこでこの間に挟んでいるガラスで囲った執務室を建物端部からセットバックさせて、この軒下部分で1階分の給排気を取れば、立体的な平屋のような状態になるだろうと。そうすることによってその辺の設備の状況もクリアしています。

そうすると3層になっているのですね。

そうです。一番肝になるものを決めて、それに対する仮の答えを想定して、他の条件をインプットしていった時にうまくハマっていけばそれでいくし、ハマらなければ初期設定がおかしかったのだろうともう1度戻ります。その最適解を見つけるまでが大変というか、それが見つからないとやった感じがしません。

バルセロナ・フォーラム

この外壁からヘルツォーク&ド・ムーロンの「バルセロナ・フォーラム」を思い出しました。

ヘルツォーク&ド・ムーロンは好きなので影響はあると思います(笑)。ただ、外観にもちゃんと理由があって、構造体を外壁やサッシの下地と兼ねていて、下地に求められる構法的な条件と構造上の力学的条件の最適解が外観をつくるように設計しています。

「一橋大学空手道場」は切妻の屋根型がジグザグにズレていますが、あれもひとつの最適化のひとつですか。

すごくシンプルな建物で、8m角の試合コートで2mずつスペースがいるということで12mというのが決まっていて、それでだいたいプランが決まってしまいます。他の部の部室もそうなんですけれど予算に限りがあるので、色々お金のかかることはできそうにない。それで「JFEケミカル・ケミカル研究所」と同様にこちらでも構造を担当していただいた森部さんに相談して、もっとも安く構造がつくれる方法を考えました。工場のワンルーム空間は重量鉄骨を使っているけれどすごく安くできているんです。なぜそんなに安くできているかというと、同じ断面の繰返しだからです。なので、それを真似てまずは同じ断面の繰返しでスペースをつくろうと。ただ安い方法でできたとして、それだけだとつまらないので、その上に木造の屋根を架ければいいんじゃないかと。大型の鉄骨のフレームに木造の屋根を乗せて、外壁の下地も木になっていて、ハイブリッドになっています。もともと使っていた古い道場は樋に葉っぱが詰まって雨漏りがひどかったので、落ち葉対策をしてほしいと言われました。落ち葉対策だと切妻にして雨がストレートに下まで落ちるようにすれば、樋をつくらなくていいでしょう。それで屋根材で壁まで葺いて、まず切妻を設定しました。ただそのままだと当然真ん中が暗いから、採光を取りたいと思いました。そこで工場でよく使われるノコギリ屋根だと北側採光が取れると思ったのですが、そのままだとノコギリの谷に落ち葉がたまってしまいます。いいとこ取りができないかなと思って、分節してズラして、ズラしたところから採光を取ることで、北側採光も取れるし、樋もつくらずに済む切妻分節屋根というのを考えつきました。

一橋大学空手道場
撮影:阿野太一

まさに最適化ですね(笑)。

道場を設計するにあたり、空手道場の事例を見に行くと、体育館の地下が武道場になっている例がありました。採光を取るために大きなトップライトがふたつあったんですけれど、空手道場では結構声を出すんで、道を挟んだマンションからうるさいと苦情が出て、トップライトのひとつをコンクリートで完全に埋めてしまったらしいんです(笑)。一橋大学の周囲も国立の閑静な住宅街なので、夏場開け放って練習することは難しそうだと。そうすると熱負荷が大きい直射日光は絶対に入れてはいけないので、南側には窓を設けられない。部費で電気代を賄わないといけないので、エアコンなんてとんでもない(笑)。それでどうしようかと思った時に、先程説明した屋根の北側採光が活きてきます。また、床下に換気扇を入れて、床から吹き出した空気で上にドンドン熱気を押し出して行けば、夏場の風通しのいい木陰くらいの環境はつくれるだろうと考えました。結果的に測定したところ、気象庁が調べる気温は日射の影響も輻射の影響も受けない測定器の中で測ったものなんですけれど、道場の中の気温はそれと同じ位でした。それでも暑かった時のために、水を使う冷風機を設置できるようにしてあります。

至れり尽くせり、よく考えていますね。


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