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品番がわからない場合


多種多様な住空間をデザイン

多種多様な住空間をデザイン
兄はアーバン・スタイル、弟は田園スタイルの居住空間

次は作品について話を聞かせてください。通常はインタビューに当たって、僕自身が作品について調べて、質問をさせていただくのですが、納谷事務所の場合にはあまりに作品が多過ぎるために、事前に代表作品を10点程選んでいただきました。その作品のコンセプト、またなぜその作品を選ばれたのかを聞かせてください。まずご実家の「能代の住宅」について教えてください。

学氏:長男なので僕が担当というか窓口になりましたけれど、ずっとふたりでスタディしていました。親に感謝ですよね。家の父親が67歳の時に最初に話がありました。その時には真に受けてなくて、67歳になって家を建て直さなくてもいいじゃないかと。「どんなに安くやっても何千万とお金がかかるんだから、ふたりで世界旅行でもした方がいいよ」と言っていました。70歳になって父親が「お前らが本気で考えないなら、地元の同級生が設計事務所をやっているんで、そこに頼む」と具体的な名前をあげて言うんです(笑)。脅しにかかったんで、これは本気なんだと思って、これはヤバイぞと真面目にふたりで話を始めました(笑)。

能代の住宅

能代の住宅 ©吉田誠

そんな前座の話があったのですね。

学氏:最初、高齢だから平屋がいいと思って設計したら、ものすごく大きな平屋になってしまい、それでどうしようかとやっているうちに2階もあるかなと。父親は足が悪いので、いつ車椅子になってもおかしくないかなと思って、ホーム・エレベーターを付けましたが、今も階段で昇り降りしています。平面積が大きくなってしまうと、街の中なので両サイドに家が迫っていて、日も当たらないんです。落雪もありますし。2階にすることでそういうことが防げました。

寒さ対策としてはどうされましたか。

学氏:プランの二重化ということ考えました。廊下という空気層を家の中心にある生活空間の周りにぐるりと巡らせたのです。これは断熱効果抜群で、夏は開き、冬は閉じて自在に使えます。この「能代の家」がきっかけになって、いろいろなパターンでチャレンジして他のプロジェクトにも応用しています。

「湯沢の住宅」というのはすごく立派な家ですね。

学氏:あれは「能代の住宅」が終わった時に、問い合わせがありました。古い民家なんですけれど、2世帯住宅で、新築の依頼でした。秋田の人だから、交通費や設計料が払えなくてキャンセルになるなと思っていました。話をしたら意外と本気でした。秋田でも県南の豪雪地帯で、今でも覚えていますが雪解けの4月3日に見に行ったら、立派な家だったので、リノベーションを提案しました。その時に空気層が効果的だということは実証済だったので、取り入れました。

湯沢の住宅

湯沢の住宅 ©吉田誠

都心ではあれだけのスペースを取ると大変ですけれど、気候が厳しいところでは有効ですね。

学氏:もともと日本の民家がもっている形式なんです。ドーナツ型にはなっていませんけれど、土間空間だったり、縁側を閉じて使ったりというのはあるんです。それを僕らはグルッと回したんです。

マンションの「1227号室」でも隙間の空間ができていますね。

学氏:それは弟が担当しています。
新氏:マンションは扉を開けるとすぐにインテリアという構図じゃないですか。それはおかしいなと思って、あれでは扉は門みたいな役割で、扉を開けて敷地内に入ると考えたんです。その中に離れのように部屋を配置して、ですからずっと靴で回って歩いてもいいように計画を考えたんです。

1227号室

1227号室 ©吉田誠

場所はどこですか。

新氏:築地です。もう70歳くらいになる女性のひとり暮らしです。
学氏:最初依頼に来た時、金髪のショートカットでビックリしましたけれど(笑)、話をすると潔くて、カッコいい女性でした。
新氏:若々しくて素敵な人でした。

建築家ってそんな役得もあるんですね。「s-tube」のsはどのような意味ですか。

新氏:僕の最初の自邸ですが、ストラクチュアのsで、構造体です。壁をぶち抜いて、あれが構造体で家を補強しています。構造の壁を抜くんで、内側に構造体を補強しながら、増築をするということを考えたんです。構造体の中に住んでいる感じです。

s-tube

s-tube

住み心地はどうでしたか。

新氏:ほぼワンルームだったんですけれど、楽しい暮らしでした(笑)。その頃はまだリノベーションというものがなかったので、その意味では先駆け的でした。

僕の印象では納谷事務所の住宅作品は、ボックス型でモダニスト的な雰囲気のものが多いと見受けましたが、今日見せていただいた「360°」は例外的な形ですね。

新氏:確かに淵上さんがおっしゃる通り、今までボックス型のものがキレイだと思って、ずっとやってきていて、今でも思っていますけれど、それがもしかしたら違うこともあるんじゃないかと思い始めたんです。それをキレイと思うことも教育されたような気がしました。そういう教育をされなかったら、あれをキレイだと思わなかったんじゃないかと思うようになってしまって、それですごくプリミティブにものをつくるとどうなるのか、もっとカッコ悪いんじゃないかと思ったんです。整理整頓するんじゃなく、その場で必要なことをつくっていくと、ガチャガチャとした形になるんじゃなかと思いました。

360°

360° ©池上靖幸(株式会社イケガミ)

カッコいい作品になっていますよ。先にプランをつくって、敷地を探していたのですか。

新氏:プランというか、先にスケッチがあったんです。ちょっと半地下で屋根があって、その上に草が生えていて、小屋があるみたいな。

コルビジェは「小さな家」をつくる時に、図面を持ってレマン湖の辺りにいい敷地がないか探し回りました。そのアクセスの仕方と同じですね。

新氏:3年かかりました(笑)。

小さな家

小さな家

トゥーゲンハット邸

トゥーゲンハット邸

ミューラー邸

ミューラー邸

GILIGILI

GILIGILI ©吉田誠

できた建築も例のミースの「トゥーゲンハット邸」やアドルフ・ロースの「ミューラー邸」と同じように坂の上にあって、見晴らし抜群なのも同じです。本当に子供を育てるには最高の環境ですね。

新氏:淵上さんが駅を降りた瞬間から空気が違うとおっしゃったように、空気はキレイな感じです。

ふたりの住まい方は対象的で、学さんの自邸は都会的ですね。

学氏:割り切っていますから(笑)。

「GILIGILI」の敷地はどのように手に入れたのですか。

学氏:緑のあるところがいいなと思っていて、最初は鎌倉で探していたんですけれど、そういう土地がないんです。鎌倉も結構外れで通勤に片道1時間20、30分。いろいろ考えると往復3時間どうするんだと思いました。それで疲れてしまって、目黒の方にマンションを買って、ちょっと直して住んでいました。ただ年も年なのでそろそろローンも組めなくなってくるから、建てようという話にまたなりました。それでたまたまインターネットで検索していたら、土地があって、それがいつも昼休みに通っている道沿いで、スタッフに冗談で「この土地を計画させてくれたら、面白いものを建てるのにな」と話していた土地だったんです(笑)。

すごい偶然ですね。

学氏:それは世田谷区がやっていた競売物件で、それを落札できたんです。後で見たら、入札したのは僕だけだったんです。というのはやっぱり投資するには小さ過ぎる土地で、なおかつ住宅としては、道路が迫っていて、うるさくて、一般の人がイメージしにくい土地なんです。

広さはどのくらいですか。

学氏:間口が10mの奥行き5mです。間口の方が大きいので、皆「大きい家だね」と言うんだけれど、建築面積としては11坪しかありません。

部屋に入るともっと広く感じますね。

学氏:親は地鎮祭の時にあまりに小さくて、どこに建てるんだと大笑いしていました(笑)。

秋田では考えられないのでしょうね。縦に積んでいますから結構面積は確保されていますよね。

学氏:住宅という感じよりは、マンションです。立体のメゾネット・マンションみたいなノリなんですね。

本当にカッコいいですよね。学さんと新さんで対照的な住宅ですが、どちらも素晴らしくて、自分の家に帰るのが嫌になってしまいます(笑)。納谷事務所は、条件の厳しいものが好きだと聞いたのですが…。

学氏:そうですね。楽しいですよね。難しい数学の問題を解くみたいに(笑)。

そう言うチャレンジ精神が自分たちを成長させているのですね。厳しい敷地というと「恵比寿の住宅」はすごく狭隘な敷地ですね。広さはどのくらいですか。

新氏:敷地が8.6坪で、建坪が5.1坪です。
学氏:強烈でしたね。ふたりで敷地を見に行って、わからなくて通り過ぎましたもん(笑)。
新氏:人の家の庭だと思いましたからね(笑)。
学氏:しかも道路の拡幅のために後退しなければいけなかったんです。それだけど駐車場をつくりたいというし、むちゃくちゃだと思いました(笑)。

恵比寿の住宅

恵比寿の住宅 ©吉田誠

プランを見ると、子供室が地下で、夫婦が一番上でしょう。あれは変えてあげたら。

学氏:ただ地下と言っても法的にギリギリ地下で、実はちょっと落ちているくらいなんです。
新氏:若い夫婦で、当時、子供はいなかったんですよ。生まれたのは最近です。その辺は変わっていってもいいと思います。
学氏:あの夫婦もすごく割り切っていて、都市の利便性の方を優先して、小さくてもいいと。僕はたまたまだったですけれど、あの夫婦は最初からそういう土地を探していました。

そういう難しい物件の時には設計料が高くなるのですか。

学氏・新氏:変わらないです(笑)。

「南加瀬の住宅」の敷地も小さかったですね。

学氏:建坪が10坪くらいでした。
新氏:木造3階建てです。

南加瀬の住宅

南加瀬の住宅 ©吉田誠

徳島の住宅

徳島の住宅 ©冨田英次

「徳島の住宅」も端正でキレイですね。あれは断面を見ると面白いですね。

学氏:正面から見るとわからないんですけれどね。

クライアントは何か仕事をしている家なのですか。

学氏:まつエクって知っていますか(笑)。僕も初めて知ったんですけれど、まつ毛をエクステすると付けまつ毛より長持ちするらしいんです。奧さんがその仕事していて、勤めていたんだけれど、家を建てるのをきっかけに独立するから、1階は仕事場で、2階より上は自宅がいいと。土地の候補がふたつあって、ひとつは繁華街にある土地で、旦那さんはそっちがいいと言ったんです。もうひとつは片方が住宅街に、もう片方が商店街に面しているふたつの道路の間の土地だったんです。やりたいことが店舗と住宅だったので、動線がふたつ取れて、そっちの方が絶対につくりやすいと思って、安い方の土地を「やりたいことを叶えるならば、こちらの土地じゃないですか」と説得しました。「土地を決めたのは納谷さんなんだから、責任取ってください」とプレッシャーをかけられましたけれどね(笑)。

そこまでアドバイスしているのですね。木造のボックスが入っている「teshihouse」もカッコいいですね。

新氏:コンクリートの箱に木の箱がぶら下がっているものです。

teshihouse

teshihouse ©吉田誠

側面に隙間がありますね。

新氏:そうですね。木造の箱を吊っているんですけれど、その周りが空気層になっています。

どうしてあのような複雑なデザインになったのですか。

新氏:まずリビング・ダイニング、皆のいる場所をどうしようかと考えていくうちに、上に個室をつくろうと思ったんです。この木の箱の中には寝室と子供部屋というふたつの個室が入っているんです。子供部屋といってももう社会人で、生活の時間帯が違うので、玄関からすぐのところで地下に降りるように考えています。柱があの箱に落ちてくると、下でフリーではなくなります。それが邪魔だなと思って、構造家に相談したら、こういうことができるとわかりました。

上に2階をつくるということではないのですね。

新氏:その方がひとつの空間、大きなワンルームの中に部分ができるかなと思ったんです。空気層が入るんで環境も良くなります。そうすると木造の方が吊るのに軽くていいし、コストも下がるので、このようになりました。

teshiというのはどういう意味ですか。

新氏:クライアントが手嶋さんという人で、最初にすごく長い手紙が来たんです。家を建ててくださいという依頼の手紙なんですけれど、それに「teshihouse」をつくってくださいと書いてあったんです。タイトル名が決まっていたんです(笑)。だから僕らも作品名を「teshihouse」にしたんです。

クラアントも喜んでいるのでしょう。学さんの自邸はなぜ「GILIGILI」なのですか。敷地がギリギリだからですか。

学氏:全部なんです。振り返ると、偶然建築学科に入ったり、ミースのことを知って、大学を休学し、アメリカに行ったり、本当に人生が崖っぷちのところで変わってきているなと(笑)。土地の購入もそうだし、現実的な話ではローンを組むのもそうだし、他にもいろいろなことがあって、僕はギリギリのところで生きているなと思ったんです(笑)。それを母に報告したら、「情けない。もっと余裕をもって生きなさい」と言われました(笑)。僕のまわりではいろいろなことがギリギリだったので、「GILIGILI」という作品名にしました(笑)。

でもすべていい方向にいっていますよね。今日は面白い話がたくさん聞けて、初めての兄弟インタビューはやはり普通とは違いました(笑)。


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