建築デザインの作風
建築デザインの作風
集合住宅のベテランはなんでもござれの万能タイプ
それからSKM設計計画事務所ですね。SKMにはどの位いましたか。
1978年に入って1992年までいました。
僕が松永さんと最初に会ったのはその時代だと思います。確か僕が『新建築』の編集室にいた頃です。
その時代だね。『JA』のページをイギリス人の建築家ベンジャミン・ウォーナーと3人でやったじゃない。それからずっとの付き合いだよ(笑)。
そうでした!SKMの話を続けます。SKMは3人でトロイカ方式ですが、プロジェクトはどのようにやっていたのですか。
当時は仕事があったから、大体バランスよく、ひとつの作品をひとりずつ担当していました。最初は柴田の事務所でやっていて、手狭になって、原宿に引っ越しました。坂倉事務所が設計した「ビラ・セレーナ」。
「ビラ・セレーナ」懐かしい!その後SKMは解散になったのですか。
いいえ。当時バブルの絶頂で、高さんがだんだん不動産投資とかのビジネスをやりたくなって、SKMを辞めることになったんです。1992年頃には大きな仕事が取れるようになっていて、社員が多くなった時に、元々柴田さんの考えと僕の考えが違うので、人を育てるにはあまりよろしくない状態になっちゃって、この辺で別れたほうがいいだろうと思いました。51歳で自我に目覚めました(笑)。
それでふたりで相談の上、別れたわけですね。
そうです。彼は奥さんも建築家ですし…。その後もずっと円満に楽しくやっています。
円満解散ですね。松永さんは自分の事務所をどこにつくったのですか。
下北沢の「代田の集合住宅」です。いとこの家の建替えでした。そこでずっとやっていて、気に入ってもいました。ところがいとこが賃貸事業としてやっていたんだけど、そういうビジネスをやっていくのが辛くなってきて、引退したいと言って、売っちゃうことになったんです。どうしようかと思って、探したら吉祥寺のここがあって、移って来ました。
ここに事務所を移してどの位ですか。
2007年に鹿児島大学を定年で辞めたんですけど、ここが2006年11月に竣工して、出来立てのホヤホヤに入ったんです。広告に出た、その朝に申込みに来ました。
事務所外観
Y's COURT外観
Y's COURTアトリウム
作品の話になりますが、僕は建築家・松永安光というと集合住宅のベテランという気がしていますが、これは衆目の一致するところだと思います。ですが「Y's COURT」はベテランらしくなくかなりぶっ飛んでいる!楕円のファサードと屋上のあれは何ですか。
ちょうどガウディを見て来て、あれは飾りです(笑)。当時はバブルの絶頂で、いくら金がかかってもいい感じでした。下にプールもあるんです。
1戸ずつ日除けのような外壁が雁行しています。大胆な作品で、雑誌にも多く取り上げられたでしょう。
篠山紀信が写真を撮りに来ました(笑)。僕が一番やりたかったのは、真ん中にある洞穴のようなボイドです。そこにちょうど水の中に沈んだようなブルーの光が上から差し込むようにしています。そして内側に竹の子みたいになっていて、その隙間から光が上に向かって出るんです。大体アトリウムをつくるとガラス屋根になっていて、中がむやみに明るいんです。そうではなく、暗いアトリウムをつくりたいと思って、屋上に丸いガラスブロックを埋め込んで、星のように見えるようにしています。思ったようになりました。それで篠山紀信が撮ったのでしょうね(笑)
いつもの松永さんとは違っていますね。
僕はやろうと思えば何でもできるんです(笑)。頼まれたようにやるんです。
さすが万能タイプ!「INSCRIPTION」というのはかっこいいですね。
セントルイスにワシントン大学という私立大学があるんですが、そこに早川(邦彦)さんが教えに行っていて、翌年には早川さんの推薦で僕が教えに行ったんです。セルトや槇(文彦)さんも教えていた名門大学です。セントルイスにいる間、車を買って、あちこち見て歩いたんです。見ている間にインスピレーションがどんどん湧いてきて、帰ったら何かやりたいと思っていました。帰って来たら、ちょうど筑波大学の先生から、「筑波に自分のアトリエ兼住宅をつくるからやらないか」と電話がありました。「喜んでやります。その代わりやりたい放題やります」と言ったら、「ぜひやってください」と(笑)。
INSCRIPTION
セントルイスでの体験がデザイン化されているのですか。
当時、ニューサイエンスというのがあって、大地の声を聞くとか、大地に何かを刻み込むとか、スピリチャルなブームがありました。コンセプチュアルな彫刻家のリチャード・セラが特に好きで、アメリカにいる間に展覧会も見に行って、すっかり洗脳されちゃって、これからはスピリチュアルなモニュメントをつくってやろうと思っていて、思い切ってやったんです(笑)。
地面に埋まっているように見えます。
土盛りなので実際には埋まっていません。正面からは土に埋まっているように見えるんです。槇さんと谷口(吉生)さんと林(昌二)さんの3人がJIAの新人賞の審査員で、見に来てくれたんです。「いいじゃないか」という話になって、第2回新人賞をもらいました。当時は賞金が100万円もあって、槇さんと谷口さんの顔を立てる意味でGSDに半分寄付しました。
偉いですね!「F HOUSE」と「K HOUSE」という住宅があります。僕は「F HOUSE」を拝見させていただきましたが、崖の上の住宅で眺めが良かったですね。贅沢な住宅でした。「K HOUSE」はどんな住宅ですか。
アートコレクションなど多趣味な施主ためのギャラリーも兼ねた住宅です。
結構リッチな住宅を設計していますね。
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