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品番がわからない場合


建物は床・壁・天井・屋根から切り離して環境を考える

建物は床・壁・天井・屋根から切り離して環境を考える
自然と連携する設計作法

「Peanuts」がなぜああいう形になったのか教えてください。

敷地は今の園舎の裏側のような場所にあるんです。裏側になると正面の顔だけをやりがちなんですけれど、本当にそうかなと敷地の情報を疑いました。裏側が誰も住んでいない古びたアパートだと隠したくなるけれど、そういうことをやっていると、環境というのは悪いところがどんどん悪くなります。そこを改善できるような環境もつくり出せるんじゃないかなと。また同時に、本題は生後43日から12ヶ月間だけ過ごす乳児がどうやったらコミニュケーションを取れるかということでした。しゃべることもできないので、音とか、動くものとか、そういう間接的なコミニュケーションが大切だと感じました。例えば、園児が周囲を走り回ったり、自然のざわめきだったり、あたかも森の中にいるかのようなところで保育ができるといいと思いました。僕らが小学校のときに夏休みが長かったように、乳児にとって1日はものすごく長いはずです。その長い時間を心地よく過ごすには、エアコンなどでパッケージされた環境ではなく、自然の要素の中が一番なんじゃないかというところに行き着いて、ランドスケープを含めた環境をつくろうと思いました。

Peanuts
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

それで自然が見えるようにガラス張りになったのですね。

そうです。人は四角の壁に対する距離を感知する能力があると思ってます。それが湾曲になると距離感が非常に曖昧になってわかりにくくなります。何帖とか、何平米じゃないことになっていく、そういうつくり方がいいんじゃないかということで湾曲させながら、真ん中をちょっと凹ませています。そうすることで空間の広がりが生まれてきます。

それでピーナッツ型になったのですね。

乳児というのは年少や年中や年長の子たちとは区分けして、静かなところにしがちなんですけれど、園の中心は乳児だと思うんです。ここでも土の中で実をつけるピーナッツのようにしっかり土の中で実を付けて社会に巣立ってほしいと思って、作品名もそういうところにかけています(笑)。

下のところがガラスになっていて、乳児の目の高さから外が見えるようになっているのがいいですね。

記憶は残らないけれど、心の奥底に沈殿するような、その子を形成する原体験の場所になるんじゃないかと思います。

次に前田さんの事務所も入っている「森×hako」について聞かせてください。

これも難しかったですね。ここのオーナーは建築に興味がない(笑)。事業収支として何年でペイできるか、価値がなくなったら壊して建てればいいんじゃないかと。そういうことだから世の中の市街地や福山の駅前も新しいものができたら移って、古いものは壊したり空き家になって廃れてしまうんだと。ヨーロッパだと、長い時間が経ったものほど家賃が高かったり、価値が上がったりします。なぜ日本ではそれができないんだろうかと、建築をやる上でそういう社会的なことを考えながら提示したいというのがあって、建築に興味のない人を振り向かせないと、地方ではやっていけません(笑)。

森×hako
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

森×hako
(C)UID_photo:UID

事務所風景

社会的なことも考えているのですね。

このプロジェクトはもともと設計されていたテナントビルのインテリアの依頼からはじまったんですが、あまりにも単調なプランでした。そこで設計・施工で決まっていた計画を覆し、ひとつのハードルとしてオーナーを納得させようと思いました。そういう交渉からやっていくと、原設計をほじくりまわすので決まっていたゼネコンから勘弁してくれと最初言われたんです。けれど、オーナーもゼネコンからも最終的には予算が変わらないならやっていいと言われました。そのゼネコンの本社を見に行くと大工さんを抱えていることと、併設する工場に木材のストックがたくさんあることがわかりました。それをまず活かすために鉄骨ラーメン構造で自由度を高くして、あとは大工工事で全て行うことでのコストコントロールを考えました。また、前面道路側に面したテナントの方が背面のテナントに比べて家賃が高いなら背面のテナント空間を前面以上の豊かな場所にすれば、同等以上の賃料がとれるのでオーナーにとってはこれほど喜ぶことはないと思い、現在の案をプレゼンしました。

実際に前後の家賃は同じなのですか。

家賃は同じくらいだと思います。さらに植栽を植えようという時期になったとき、普通はオーナーが植えるものなんですけれど、オーナーは植物に興味がないから金は出さないと言われました。そこで、テナントに入る歯医者の院長が友人でもある造園家の橋本善次郎さんに頼んで庭をつくってもらっています。

植栽が大きな効果を上げているのですけれどね。

そうなんですよ。しかも、いざ完成してオーナーが来たら、「皆枯らさないようにしようね」とか言っていました(笑)。勝手なものです。しかし、このような金の亡者の気持ちが変わって、僕は良かったと思っているんです。さらに外壁のメンテナンスのために積立てをしようと言い出していて、今では自慢のビルなんです。こういう方を変える力が建築にはやはりあると思いました(笑)。

前田さんの話には説得力があって、だから皆が納得するのですね。それは建築家にとって必要な能力だと思います。

ありがとうございます(笑)。

改修の「町-Building」のコンセプトは。

昭和40年代に建てられた何の変哲もないテナント・ビルでした。壊して新築か、リノベーションにするかは、決めてほしいと言われて、結構究極の選択でした。木の古いものだけが経年変化で価値があるんじゃなくて、鉄骨のビルにも歴史があるじゃないですか。そう考えると壊して建てることもできるんですけれど、この辺にはそういうビルがたくさんあるんで、それらに対してもリノベーションの可能性が見出せれば、古いものを新しく生かすことができる環境になるんじゃなかと思い、リノベーションを選びました。ラーメン構造だったので、かなりスラブを抜いて、減築してつくりました。

町-Building
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

町-Building(既存写真)
(C)UID_photo:UID

後山山荘
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

後山山荘(既存写真)
(C)UID_photo:UID

リノベーションは費用的には壊した場合とどうですか。

新築ではこのヴォリュームはつくれません。もともと用途がテナント・ビルなので、吹抜けの高さが通常の住宅では設計しない高さが生まれるのもリノベーションやコンバージョンの良さです。そして、奥さんから、「前田さんがやると植物が映えるのはわかるけど、植物に手間がかからないようにしてほしい」と言われました(笑)。そういう方はいらっしゃるんです。植物がなぜいいかをコンコンと話して、「騙されたと思って、やってください」と言うんです(笑)。竣工して半年位して、見に行って、お子さんとかわいいジョウロで育てている風景を見ると、大切にしてくれているだろうなと嬉しくなります。

前田さんには洗脳力があるので(笑)、そういうことの積重ねが福山の都市景観をキレイにすると思います。次に「後山山荘」についてお聞きします。先ほど少し話に出ましたが、元は藤井厚二さんの作品だったわけですね。

鞆の浦に「医王寺」という有名なお寺があるんですけれど、その北隣に建物があるとは思っていませんでした。購入した土地に藤井厚二という人が手がけたものが残っているようだと連絡があり、クライアントにお会いして話を伺って、すぐに鞆の浦に行ってびっくりしました。サンルームを見てすぐに藤井厚二とわかりました。ただこれをどう活かせるんだろうと思うほど、瓦解していました。お金が無尽蔵にあればいいですけれど、クライアントはサラリーマンをされていて定年退職をして、福山出身の方なのでときどき訪れるために購入した土地でした。車が乗り入れ出来ない場所なので通常の何倍かかるんだろうという積算の現実的な面と、藤井厚二の作品を残さなくてはいけないという文化的な面があって、心が折れそうになりながら3年間通い設計をまとめました。ひとつひとつの素材もいいものを使っていますから、それに合わせると絶対つくれません(笑)。自分なりに藤井厚二を調べたり、見に行ったりして、時間をかけながらだんだん腑に落ちていって、そうしたら肩の荷がおりて自分なりの建築をやればいいんだと。

景色のいいところですね。そのクライアントとは繋がりがあったのですか。

なかったです。クライアントは福山の地元の建築家で土地勘のある人ということで検索をしたときに、僕の名前に出会ったようです。「内海の家/house in Utsumi」を見て気に入って頂けたことと、若いということで1度会ってみようということだったようです。「内海の家/house in Utsumi」を気負ってつくらずに良かったなと思いました(笑)。人の縁はいろいろなところで繋がるようです。

今あるのはそのクライアントの別荘なのですね。

そうです。設計を3年やって、コストの折合いもようやくついたんですけれど、クライアントが定年退職して、3年の間に東京で新たに会社を起こしたんです。そうしたら当時は鞆の浦の優先順位が高かったけれど、今は福山に帰る回数が非常に少なくなって、優先順位が低いから、やらないかなと。3年も経って今更何をおっしゃるんですかという話になって(笑)。すぐに東京へ直談判しに行きました。すると、やるんだったら使わないときにどういうふうにしたら使えるかを提案してほしいと言われたんです。僕はそれを聞いて新しいと思ったんです。住宅が余っているなかで、別荘って主が一時しか使わないところを、使わないときに開放するという発想は普通ないじゃないですか。3年かかった仕事が流れると、どっぷり赤になるんで(笑)、これはなんとしてでも成り立たせないといけないということで、お茶会だったり、地域の集まる場所だったり、いろいろなことに使えるんじゃないかと、10案位提案して、それでやってみようかという話になりました。

良かったですね。今は公開しているのですか。

「聴竹居倶楽部」の松隈章さんをはじめ多くの方々にご協力をいただき、施工後、1年かけて「後山山荘倶楽部」というのを立ち上げたんです。去年の2014年9月から月1回第2日曜日に見学ができるようになっています。

前田さんが環境的なことに興味をもっている建築家だとわかりました。藤井厚二も環境工学の先駆者だと知りました。たまたま「後山山荘」をやることになりましたが、そういうことは以前から知っていたのですか。

「聴竹居」を知って見に行って、クールチューブなどにハッとさせられましたし、自然エネルギーをパッシブに利用していくことは改めて素晴らしいと思いました。明治以降西洋のものが入ってきたなかで、日本のものをうまく残しながら、西洋のいいところを取り入れようとしています。その両方が建築としてしっかりとつくられています。

聴竹居
撮影:吉村行雄
提供:竹中工務店

それを知ったのはいつ頃のことですか。

ふくやま美術館の学芸員で今「後山山荘倶楽部」の共同代表もされている谷藤(史彦)さんという方がいます。10年前に福山ゆかりの建築家、武田五一、藤井厚二、田辺淳吉をフィーチャーした展覧会を開催したんです。福山ではこの3人を知らない人が多くて、僕も名前を知っている程度でしたけれど、そのときにこういう方がいたんだということを詳しく知りました。ちょうど独立した年でした。

作品の解説を読むといいことを言っています。ああいう話をどういうふうにコンセプトにもっていくのでしょうか。

僕には師匠がいないということで、建築の捉え方は自分なりの考え方で良かったのかなと思うことがあります。建築ってどうしても床、壁、天井、屋根が、西洋でいうと自然からプロテクトするために必要ですし、アジアでいうともうちょっと自然と寄り添った縁側のようなつくりがあったりするなかで、住むということはどういうことなんだろうと。住宅だと住むですけれど、オフィスや保育園でも住むでいいと思うんです。要するにビルディング・タイプに関係なく、人が滞在する時間をいかに気持ちよくできるのか。建築ってそういうことなんだろうと。建築というとどうしてもハコモノのだけのように捉えがちなのでランドスケープも含めて、環境と言ったほうがもっとしっくりきます。常に外部とのインタラクティブな関係のなかで人の滞在する居場所はつくられていくんだろうと。そう考えると外部との関係をどう導き出すのかが豊かさに繋がっていくのではないかと。そこから境界という話になると、どうしても敷地内で設計するんですけれど、でも改めて境界を見ると目に見えないし、目に見えるようにつくっているのは人間であって、自然の世界、地球から宇宙の領域はグラデーションで曖昧です。そういったゆるやかに連続した環境の中にこそ心地よく滞在できる豊かさが生まれるのだと思います。

それがメインのコンセプトになるのですね。

そうです。


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