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品番がわからない場合


美しい見え方を求めて石橋を叩いて渡る

美しい見え方を求めて石橋を叩いて渡る
前田流の設計スタイル

前田さんの最初の作品は。

「内海の家/house in Utsumi」です。一番最初なんで現代的にやりたいとか、結構頭でっかちになっていました(笑)。クライアントは田舎暮らしをしたいと福山市内から内海町に土地を買われた方でした。内海町は祖母の住んでいたところで小さい頃から知っているので、本当はフラットでカッコいいのをやりたかったんですけれど、そうではない地域だと思って切妻にしています。

内海の家/house in Utsumi
(C)UID_photo:UID

前田さんの切妻いいですね。

また、ここの外構計画では現場をやっていたときから知っている気の効く造園屋さんがいて、その人と一緒に何十種類という植栽を描いています。

さすがですね。前田さんの作品を見ていると、ランドスケープ・デザインもできるのではないかと思うくらいです。

それは…(笑)。初期の住宅としては他に、福山から20、30分位行った松永町というところの入江に「house in creek 」という住宅があります。1日に2m位潮が満ち引きするんですけれど、中にいると船で浮いているような感じがします。

house in creek
(C)UID_photo:Kazunori Nomura

いい場所ですね。この頃の作品はRC造も多いのですか。

RC造の壁と鉄骨造の屋根の混構造など、自分がつくりたいものにどの構造が一番適しているかと合わせてコスト的に合理的であるかなどの視点で現在も構造を考えて選んでいます。

他にはどんな作品がありますか。

「美孔庵 /MIKULAN」 というお茶室を手掛けています。今はお茶も趣味になっているんですけれど、お稽古でここへ表千家を習いに通っています(笑)。お茶室がメインで4つのお茶室があります。

美孔庵 /MIKULAN
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

MIKULAN
(C)UID_photo:UID

茶道の先生の家ですか。

今までお茶室の設計をしたことのない僕に、4つのお茶室をつくってほしいと依頼がありました。市中山居をテーマに街中の敷地なんですけれど、山の中にいるような茶室建築です。

石庭もあるのですね。初期の作品にしてはずいぶん密度が濃いですね。

ディテールなどもこれ以上ないくらいやり尽くしました。今もお稽古で通っているんですけど、自分でも本当によくやったなと思います(笑)。杉板の打放しでは小割で3mmの不陸(ふりく)としながら陰影をつけたり、ガラスに手漉き和紙を貼ったりもしています。素朴な素材を活かしながら現代的な草庵風茶室をつくりたいと思いました。

つくりがきめ細かいですね。

施工方法から仕上げまで自分の目が行き届かないとすごくイヤですね。

現在、トータルでどのくらいの作品があるのですか。

年間で3つか4つなので50はまだないと思います。

「森のすみか」について教えてください。あの大きな空間の構造は鉄骨ですか。窓の雨仕舞いは。

あれはコンクリート造のボックスを木造で覆っています。ミニマムなデザインでディテールを納めようと思ったときに重要なのは雨仕舞なんです。現場をやっていて思うんですけれど、危ないからしないんじゃなくて、危ないところをどういうふうに監理するとか、2重3重に防水を考えることで一見危なそうに見えるディテールも危なくなくなるとか。例えば窓から雨がまわったとしたら、2重目のここの堰で防ぐとか、もしそこも越えて入ってきたとしたら、こういうふうにわかりますという考えで設計しています。納まりがわからなくて、気付いたら雨漏れしていることが一番恐ろしいんです。かといって軒や水切りをたくさん付けた方が安全かというと決してそうでもないと思います。

森のすみか
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

そのやり方は他の人はやっていないのですか。

僕もその辺りはわかりません。ただそれを簡単に形だけでやってしまうと、危ないと思います。それは施工者にどのような納まりで、どのような施工手順でないと危ないかを認識させた上で、一緒につくっていかないといけません。もちろんメンテナンスのことも考えないといけません。

他の人よりもやっているということですね。そうでないと自信がもてないでしょう。

そうですね。以前新建築賞で、堀部(安嗣)さんとそれで激論になったんですけれど…(笑)。堀部さんは、現場監督をやっていたら危ないことがわかるから、それをやるのはタブーなんじゃないのと言うんですね。それも一理あるんですけれど、危ないことがわかっているから、そこに注意を払えば、一見危なそうに見えるけど、美しい見え方ということもあるんじゃないかと思います。

石橋を叩いて渡る感じですね。

クライアントと建築家が互いに理解し共有できることが一番理想です。長くそこを維持していくには、クライアントの思いが大切です。ただ与えられたものだけになってしまったら大事にして頂けませんから。

「森のすみか」のクライアントはああいう提案を受けて、何か言われましたか。

実際プレゼン時にどのくらい理解して頂けていたかはわかりません(笑)。僕の考える建築は人と人なんです。「森のすみか」では、森の中のような様々な状態が人にアフォードしている環境を住宅という器にしたいと思いました。つまり、床でもない、テーブルでもない、使いやすいところをテーブルや、腰掛け、床などとして使える空間です。しかし、それを言葉だけで言われても策士のように思えるじゃないですか(笑)。大切なのは建築という具体的なものを最後はつくって、そこに心地よさをどうつくれるかです。いつも設計段階のプレゼンのときには、我々から考えた空間についてどれ位の高さがいいか、どれ位の目線か、実際にクライアントに体験してもらいます。

仮の体験をしてもらうのですか。

1分の1で体感しないと気がすまないというか、設計をしていても寸法体系には見えないものがたくさんあると思うんです。例えば階段もギリギリで設計すると頭を打ちそうになるじゃないですか。スケールを極限までやるのは結構危ないので、逆にすごく吟味する。そのときに現れる人の距離感は、図面や模型を見ても、そこまで理解されていないと思うので、クライアントにはプレゼンのときに、実際に立ってもらって、こんな感じですと。それでもなかなか把握しているかどうか、多分僕の熱量に納得したみたいな感じになるのかもしれません(笑)。

「森のすみか」は普通の人が住宅で体験できない空間がいろいろあります。実際に使って、クライアントはそういうことを喜んでいますか。

例えば最初は机のような廊下のような部分の奥行が深過ぎて、どうやって使うのと言われたんですけれど、住みはじめてからは植物を置いたり洗濯を干したり、読書したりと工夫しながら、日常の生活に合わせてうまく使っていただいています。このように使って下さいというプランはわかりやすいですが、 どのように使うか分からないプランは逆に創造力が掻き立てられ、 クライアントのライフスタイルが滲み出て愛着のある器になると思います。そして普段から日本建築の良さを現代的につくりたいと思っていて、軒はないんですけれど、アプローチに入ったときに縁側みたいな半外部空間があるんです。

木造で軒がなくてこの開口部の大きさには驚かされます。コルビュジエの水平連続窓みたいなものがダッーと長くありますね。

構造家の小西(泰孝)さんと一緒にするようになって、生みだしたい空間がものすごく加速した気がします。この「atelier-bisque doll」というのもそうですけれど。それまでは柱を細くしたいと言っても難しいことが多かったので、自分で考えるようになったんです。ここを細くしたいので、ここで構造を受けることができないかなとか、自分で工夫した考えを出していきます。小西さんに全部お任せじゃなくて、解析はできないですけれど、自分なりの理屈だけは伝えます。小西さんはそれに的確なアドバイスをしてくれるんです。

小西泰孝氏

福山の方ですか

佐々木(睦朗)さんの事務所から独立された東京の構造家の方です。

前田さんの特徴ある作品でびっくりしたのが、白い目隠しの壁が空中に浮いているものです。

「atelier-bisque doll」です。学生のときに淵上さんの『ヨーロッパ建築案内』を片手に(笑)、ヨーロッパの建築を見に行って、日本のことをあまり知らないと気付きました。現場をやり始めたときに休みに京都の寺社仏閣とか、地元の古民家とかを見に行くなかで、日本建築は自然のエッセンスをうまく取り込んでいて、改めてすごいと思いました。瓦や軒、光の陰影だけで語るんじゃなくて、もっといろいろな要素を現代的に解釈してつくれるんじゃないかと思い始めて、新しい日本建築をつくりたいと思いました。「森×hako」のレイヤー状に重ねた窓も、日本の建築で言うと、8帖間が3つ位あったとしても襖を開けていくことでワンルームだけれどもそれぞれの領域があったり、「孤篷庵」みたいに地窓で抜くことで下部の景色は見えるけれど、上部の見えない部分があることで見えている以上に想像が働き広がりを感じたり。

atelier-bisque doll
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

ヨーロッパ建築案内

孤篷庵

「atelier-bisque doll」は非常にダイナミックですが、クライアントの反応はどうでしたか。

実は、最初は住宅街なのでコートハウスで考えた案で進んでいたんです。クライアントは気に入ってくれていたんですが、現地にいく度に何か違うと思って、コートハウスを反転したようなやり方で、プライバシーは確保できると考えて、現在の原型案を再度提案しました。クライアントは最初困惑されていて「前のほうがええわ」と言われたんです(笑)。「模型を置いて帰るので、騙されたと思って1週間見てください」と、そして仕事が流れることを覚悟で1週間後もう1回プレゼンをしたんです。そうしたら「こっちのほうがええわ」という話になりました(笑)。

説得力がありますね(笑)。地窓的に下は開いていて、外部に開かれているわけでしょう。

そうです。北向きにアトリエをもっていって、南向きに住宅となっています。

これが垂直になっている作品もありますね。

「群峰の森/COSMIC」 です。敷地はもともとクライアントの祖父の工場があった場所で、2000m²あります。一見工場という良くなさそうなイメージの場所を再生できるんじゃないか、そして昔の原風景に戻せないかなというところから造園家の荻野寿也さんと一緒に始まりました。2世帯住宅で、南北に長い敷地なので、一棟で解くと北のほうに光が入りません。それで日本建築の気持ちのいい半外部空間をつくり出す軒のような覆いを34枚連らねています。冬の光は入って、夏は軒が光を制御していくという断面の考え方で、光をコントロールしています。

群峰の森/COSMIC
(C)UID_photo:Hiroshi Ueda

荻野寿也氏
提供:荻野寿也景観設計

軒が雁行していてフォトジェニックな作品ですね。この作品では最初クライアントはどう言っていましたか。

初期案は現在よりランドスケープ寄りなものを提案し、気に入っていただき実施設計に入っていきました。いろいろな納まりとかを考える中で合理的じゃないところが多くて、ちょっと違うと思い始めました。そして、ここでも再度現在の案をプレゼンをしたところ、こっちのほうがよりいいと言っていただき実現に至ります。

前田さんの提案はいつも通っているのですね。

はい、より良く、大変な道を選んでいます(笑)。構造もワンスパン・ラーメンではもたないんですけれど、噛み合うことで華奢な木造のような100mm程度のH型鋼でつくれるんじゃないかと小西さんに相談して、解析してもらいました。

初めての人にはどこがどこだかわからないですね。

竣工間際に担当していないスタッフが手伝いにきて迷子になりました(笑)。つくっておきながら、最高に複雑でした(笑)。だけに全精力をかけて取り組み実現しました。

前田さんは何でもできるのですね。

粘り強くやることしかできません。


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