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●インタヴュー2
相手:杜娟(デヴェロッパープロジェクト担当者、北京錦秋知春房地産開発有限公司策劃部経理、
1979年北京生まれ)
場所:デヴェロッパーオフィス会議室(朝陽区霄雲里)
日時:2004年3月4日
今回の連載で気付いたんだが、こちらのデヴェロッパーの上層部に取材するのはなかなか容易ではない。この取材を機にこういう人たちに会えれば自分にもいいことがあるかも、などと期待してこの企画を始めたんだけれども、なかなか会ってくれないのである。建設中の物件ならデヴェロッパーにとっても広告にもなるということでもう少し会いやすいんだろうけれども、今回はもう竣工して入居している住宅が対象なのでそういうわけにもいかないようだ。日本でも話題になっている山本理顕さん設計の「建外SOHO」を開発した紅石公司の潘氏などはよくメディアに出ているが、ああいうのはめずらしい例だ。連絡先をみつけてアポをとろうとしても、忙しいから無理と断られたり、約束をすっぽかされたりということも度々である。中国人の友人になぜだろうと聞いてみると「そりゃおまえ簡単だよ、開発商の仕事は金を稼ぐことであって取材を受けることじゃないからな」と言われた。まあそりゃそうだ。そんな中、今回はなんとかデヴェロッパー内部の上層部の方にお会いできた。あっけないくらい若くきれいな女性で(今回撮影を拒否されて写真をお見せできないのが残念なのだが)、企画部の責任者で社長のお嬢さんとのこと。まだこの会社でのキャリアはそう長くないので、発言には一部曖昧な部分もあったけれども、逆に父を傍で見ていた貫禄のようなものもあったので、インタヴューをそのまま採録することにした。
会社のこと
松:こういう取材でデヴェロッパーの方と直接会えるのはなかなか大変でして、今日は杜さんにお会いできるのを大変嬉しく思っています。最初にこちらがどういう会社かお教えいただけないでしょうか?デヴェロッパーというと自分で開発した建物の中やモデルルームに事務所を開いているようなイメージが私にはあるんですが、こちらは普通のオフィスを借りていて少し歴史もありそうですよね。
杜:私たちの会社は、ペキンではそれほど大きくない中規模程度のデヴェロッパーです。中国の大規模なデヴェロッパー、たとえば万科や順馳のような今中国で成功しているような有名なところなどと比べたら小さいものですし、ものすごく進んだ考えを持っているというわけでもないと思います。中程度の普通の開発商、といったところでしょうか。
松:こちらは民営の企業と言っていいんですか?
杜:そうです。ここの社長は70年代の末から不動産開発の事業に関わってきました。そういった意味では歴史があります。ペキンで「商品房」と呼ばれる、いわゆる売り買いの対象になる住宅建設が始まったのはせいぜいこの10年ですが、それ以前の住宅が「国家分配」されていた時代からの会社です。当時の住宅と言えば、変化のない、他と同じの普通のものばかりで風格がなかったわけです。この10年で中国の不動産業界はものすごく変化しました。私たちの住宅の売り方も変わりましたし、多くの外国からの設計者も中国に入ってきました。
松:「錦秋知春」の前、御社は例えばどんな開発をされていたんですか?
杜:その1つ前ですと「金谷小区」という、「錦秋知春」のすぐ側の地区の開発もしました。商品房の売買が始まって不動産市場が急速に伸びていたころです。私たちが初めて作った精品房(細かいところまで作りこんだ、という意味、筆者註)です。他にも公園、ゴルフ場など作りました。どれも投入額の大きい、大規模な仕事が多いです。
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デヴェロッパーの入ったビル(左)、現場と離れた北京の東三環の外にある、普通の事務棟のワンフロアを借りている。「金谷小区」現状(右)、「錦秋知春」の西側500mほどのところにある。現在は大分くたびれてしまっているが、外壁に塗装がされていたり、頂部にサンルームが一部載せられていたり、もっと素っ気ない一般の分配住宅とは明らかに違うことがわかる。国家分配の住宅から商品房(純粋に売買の対象になった住宅)への過渡期の住宅なのであろう。注意して町を歩くとペキンには意外とこのレベルの住宅も多く残っている。
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松:そのもう少し前のお話を伺いたいですね。その「金谷小区」は商品房のはしりなんでしょう。この10年のペキンの開発商の動きは、私から見てもだいたい予想ができます、日本のデヴェロッパーのやっていることと方向性はそう変わらないでしょうから。しかし改革開放前の中国のデヴェロッパーがどんなことをしていたか?というのは日本人から見ても容易には想像できません。70年代末からと言うと文革が終わって間もないころからですよね。そんな時期から不動産開発に関わってこられたとして、当時の開発商たちはどんな仕事をしていたんでしょうか?
杜:当時の開発商は国有企業がほとんどで、例えばこの私たちのオフィスは朝陽区にありますが「朝陽区房地産開発公司」などという名前の開発商が、各行政機関に付属してあるわけです。政府から土地を委託されて、そこに同じ住宅を大規模に建設し、それを他の国営企業に販売する。各企業はそれを会社の福利として従業員に無償で「分配」する。そういう流れだったわけで、私たちはその一部を担当していたわけです。
松:こちらの社長、あなたの父君だと伺いましたが、彼もじゃあ以前は国営企業の経営に関わっていたということですか?
杜:いえ、彼は当時から株式制の会社の経営に参加していました。純粋な国営とは少し違います。
松:ああ、じゃあその時からお父様がこの会社を引張ってこられたわけですね。今のこちらには従業員は何人くらいいらっしゃいますか?
杜:80人程です。内部に登録建築士もいますし、工程管理、積算などの技術方面の専門家が50人程度います。調査、販売、広告などの部門が30人程でしょうか。
松:で、実際には様々な協力会社とも協働されながら土地開発を進められていくわけですよね。設計も内部でされていますか?デヴェロッパーのなかには内部に設計部門を持つところもあるようですが。
杜:設計をわかる人間はいますが、私たちは設計業務自体は外部に発注します。私の理解では、経費を抑えるために会社の中に設計部門を設けるデヴェロッパーもあると思います。ただ私たちはそうではない。施工部門ももちろんないです。必要なときだけ協働します。販売に関しても同じです。内部にエキスパートがいますが、基本的に外部の会社と協働しながらプロジェクトを進めていきます。デヴェロッパーというのは一種の総合性企業なわけです。それから私たちの特徴は、投資商と組まないところにあります。すべての事業を自己資本で賄っています。
松:堅実なんですね。「錦秋知春」のような大規模なプロジェクトもそうなんですか?
杜:そうです、銀行からの借り入れもなしです。
松:会社のお名前について伺います。「北京錦秋知春房地産開発有限公司」とおっしゃるようですが、この名前は今回のプロジェクトあってのものですよね。いつごろから使われているんでしょうか?
杜:1999年ころからです。それ以前は別の名前でした。
松:プロジェクトはほぼ終了したわけですけれども、今後名前を変えられる予定はあるんですか?
杜:いえ、それはないです。もうこの名前は1つのブランドとして成長しましたから、このままこの会社名で次の仕事もやっていこうと考えています。
プロジェクトのこと
松:では、「錦秋知春」についてもう少し教えてください。2000年に設計が始まったと聞きましたが、販売などのスケジュールはどういうものだったんでしょうか?
杜:2001年4月に基礎工事が着工し、同時に販売を開始しました。
松:用地の取得はいつくらいですか?
杜:あの土地はもともと国営工場があったんです。それを1999−2000年頃に買いました。工事の進捗に伴って2002年7月には部分的に住人の入居が始まり、12月には全棟入居可能になりました。まず戸型の比較的小さい南北側の高層部分を売り、面積の大きい真ん中の低層部分を後から売ったんです。最初に安いものを売って値ごろ感を出して客を惹きつけ、その後値段を上げていったんですが、これはうまくいきました。売り出し直後から売れ行きはよく、2002年12月の段階で8割は売れ、今は9割以上売れています。
松:値段はどれくらい上がったんですか?もちろん戸型によって差はあるんでしょうが平米あたりの平均値でいうと?今はだいたい平米9500元くらいですよね?
杜:販売開始時は6500元でした。
松:あーそれはだいぶ違うんですね。ところで今回のこの物件名前である「錦秋知春」というのはどういう意味が込められているんでしょうか?知春は前面道路の知春路からきているとして、前の2つの漢字は?
杜:社長が決めたんです。うーん明確な意図は私もよくわかりませんが、「錦」は繁栄という含意がありますし、「秋」も収穫というイメージがあります。おっしゃるように「知春」の部分は道路の名前ですが、ここに「春」の字があったので「秋」という字を2番目に入れたんじゃないかと思います。
松:そもそもどうやってCOX事務所に行き当たって、彼らに設計業務を発注することになったんですか?
杜:友人の紹介で社長が知己を得たから、と聞いています。最初は住棟部分だけで契約をして、後から北側のオフィスビル部分も追加契約しました。彼らの中国で最初の仕事で、この仕事をきっかけに中国でいくつか別のプロジェクトを得ていると聞きました。彼らは今は北京に連絡事務所を置いています。
松:COX事務所の中国への往来はどれくらいのものだったんでしょうか?
杜:上層部は定期的に訪中していましたし、通常の連絡は北京の連絡事務所を通して行っていました。中国側の事務所は申請と作図をしただけで、設計のディレクションはすべてCOX事務所が関与しています。あなたもCOXの北京事務所を取材されるといいですよ。今は彼らも上海や南京の仕事が取れているようで、よくお施主さんを連れて「錦秋知春」を見せに来たりしています。
松:ちなみに外構のランドスケ−プ設計はどこがされたんですか?
杜:やはりオーストラリアの、COX事務所の協働会社です。敷地外周の柵まですべてデザインしてもらっています。街灯も、シドニーのオペラハウスのある有名な海岸沿いの公園と同じタイプのものを、こっちで作らせて設置しています。これを見てください(といってある本を示す)。これは今こちらで作っている写真集で、この物件が完成した記念に制作しています。ランドスケープなどもあわせてきれいな本にして入居者一戸一戸に配布する予定なんです。
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中庭のランドスケープ設計、3つの庭があってそれぞれ草原、海岸、大地をテーマにしているそうだ(左)。外構の柵、2.3ミリ厚の鉄板を曲げて作っている、ごてごてした鋳金などで豪華に見せようと作るほかの住宅地区よりはだいぶすっきりしたものになっている(右)。
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松:販促で立派な印刷物を作るのはよく見ますけど、竣工後にこういうものを作るというのは初めて聞きました。かなり力が入ってますね。建物と同じ色がたくさん使われているし。
杜:この写真集では「鏡像オーストラリア」というのをこの物件のキーワードにしていまして、建物外壁の明るい色とか、軽い屋根とか、ランドスケープとか、そういう各部分について紹介しています。曲線の住棟や外壁の紅色のタイルは、万里の長城の形や、中国の伝統建築の紅色のイメージからCOX事務所の方で採用したんです。
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写真集を示す杜氏。
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松:この現場に行くと結構入居者で埋まっていることを感じます。それは投資商に買い占められて、レンタル待ちの空家の多い他のペキンの中高級の住宅地区では珍しいことで、やはりそれは9割が完売しているからだと思うんですが、どうしてこの物件は売れ行きが良かったとお考えですか?
杜:いくつか理由はありますが、1つめは位置でしょう。知春路のこの辺りはペキンの北の学園街で、今の知識層やホワイトカラーが若い頃住んでいた場所です。電影学院も近いので芸能人のタマゴもいます。学生時代からこの辺りに住んでいれば、ここが落ち着いた地区だというのをよく知っているでしょうし、そういう層が家を購入するようになると、この辺りを選択するのは大いに有り得ます。また交通も便利だし、第三環状線に近い割に前面道路はそれほどの幹線道路でないので落ち着きもある。病院や買い物場所にも困らない。そういう部分が合わさって、全ての部分でかなり便利な地区です。これが1つめの大きな理由。
もう1つは設計にあると思います。このプロジェクトの前期市場調査の段階で、当時既にペキン人の多くがより具体的な住宅の性能、つまり通風とか採光とかランドスケープとかにかなり詳しくなってきており、2000年の段階ではまだそれらをきちんと満たす商品住宅が極めて少なく、不満を抱えた層が多いということが判ってきたのです。4部屋あるのにトイレが1つしかない、台所だけがいやに小さい、リビングルームがへんな平面形をしている、そういう具体的な点について充実していない顧客が潜在的にかなり多いのではないかと私たちも気付いていました。そこでやはりいい品質のものを作るのが最大限の売りになるということを改めて認識したわけです。
そこで例えば階高をこの建物では2.9mに設定してあります。これは当時2.5−2.6mが普通だった住宅事情では破格の高さです。市中心の長安街の販売価格平米2万元の住宅ですら、しばしば外観のみに力を入れて階高は2.8m程度だったりします。それから塔楼(高層部分)は四角形平面ではなくL型平面にすることで採光と通風をより充実させました。棟あたりのエレベータは3つですが、24階建てで各階7戸の棟においてこの数はだいぶ余裕がある数字です。板楼(低層部分)は6,7,9,11階ですが、薄いので通風にも有利になっています。バルコニーの手すりにガラスを使っていますが、こうすることでとても開放的な外観になったと思います。塔楼外壁の金属ルーバーなど、それなりにお金がかかりましたが、そういうところも顧客を惹きつけたのではないでしょうか。
松:杜さんご自身はこの物件のどういうところがもっともオーストラリア的だと思われますか?あるいはどういうところが、最も他の一般的な北京の住宅と違うと見ていますか?
杜:うーん・・・やはり自由な感覚はあるところではないでしょうか?中国語で「通透」な感じといいますか・・・。私自身2年間オーストラリアに留学していたんですが、あちらは建物にいろんな色を使っていたりガラスも多いです。そういうところがすごく自由な感じがしていました。この建物も外壁に灰、黄、紅色の3色を使っていますし、屋根の形もいろいろあります。ルーバーなどの装飾もいろいろついています。金属やガラスなどのいろんな材料も見られます。衣服でいろいろ着飾るのと同じでうまくお化粧ができたなと思っています。
松:中国人一般の、オーストラリアに対するイメージというのはどういうものなんでしょうか?
杜:奔放、ということだと思います。すべてが大きくて雄大な感じですね。
今後のこと
松:その、杜さんがオーストラリアに留学されたきっかけというのは、お父様のこの仕事と何か関係があるんですか?
杜:いえいえ、1999年に10日ほどオーストラリアに観光で行ったときにとてもいいなと思いましてそれで留学したんです。
松:ペキンで大学を出られてから?
杜:そうです、北京科技大学を卒業してからしばらく父の会社で働き、それから2002年の初めから2003年末までほぼ2年間留学していました。ITとビジネスで修士号を取得しました。
松:不動産の仕事はいかがですか?ずっと続けたい?
杜:今はしばらくここで経験を積もうと思っていますが、それからあとはまだ今のところノーアイデアです。
松:ものすごく景気がいいんじゃないですか?
杜:いえ、競争が激しいというほうが正確です。
松:今御社では他にどんなプロジェクトが進行中ですか?
杜:「錦秋知春」の北側にオフィスビル棟を建てています。「錦秋国際ビル」といいます。これもCOX事務所によるものです。我々も先方も住宅部分の仕事にお互いとても満足して、それで同じ土地の一角のオフィスビルの仕事もやりましょうということになりました。
松:施工図は維拓設計院でないと聞いたんですが、どちらが描いているんですか?
杜:中元という名前の設計院が描いています。あと南五環の西紅門、大興のあたりにタウンハウスを作る話が動いています。まだごく初期の段階ですが。現在は政府との交渉の段階です。
松:「錦秋知春」では以前工場だった敷地を対象にされたから、用地取得はそれほど困難ではなかったのかもしれませんが、その南の方の計画では取得の問題はありませんか?つまり、現在計画地に居住している人たちの立ち退きの問題は難しくないんでしょうか?
杜:ペキンの南は開発が遅れていまして、そこはまだ何もないところなので立ち退きの問題はないです。そもそも中国ではそういう問題はあまりない。私たちですら計画地を買えるわけではなく、国から一定期間土地の使用権を有償で借り受けるだけなわけですからね。
松:「錦秋知春」ではその期間はどれくらいですか?
杜:70年です。その後はまたその時に政府と話をすることになるでしょう。
松:最後に質問させてください。北京では今後どういう住宅が必要とされ、デヴェロッパーはどういう住宅を建てていくと思いますか?
杜:その質問はかなり漠然としています。例えば、大部分の人は住宅をもっと安く買いたいと思っているわけです。平米3000元程度の経済適合房を買うような層があり、これが大多数です。限られた予算の中で、より採光・通風・立地のいいところを選びたいと思っている層です。これから私たちが作ろうとしている南のタウンハウスは、もう少し中高級層向けの物件で、この層は競争が激しいです。南はしかも今いろんなデヴェロッパーが入ってきていて、そういう意味での競争もある。そういう時にはやはりデザインが重要だと思います。単に価格と立地と性能の問題ではなくて、できあがった住宅自身の品質がよくできていること、且つ何か現代的な部分が必要でしょう。
松:質問をじゃあもっと具体的に変えますと、杜さんのようなまだ独身の大学を出て海外留学経験もあり、会社で責任ある仕事も任されている20代の北京女性、白領(ホワイトカラー)な女性はどんな住宅を何歳頃に買おうと思われているんでしょうか?あなたの周りのご友人など思い出しながら語っていただいて結構なんですが、なるべく具体的に。
杜:やはり立地が気になります。それから住宅として便利か、階高はどれくらいか、エレベータは十分か、面積配分に無駄はないか・・・
松:だいぶ専門的ですね、それは杜さんが専門家だから?
杜:いえいえ。今は住宅を買おうという人はみんな専門家ですよ!私でなくてもみんなそれくらいは気にします。同級生の友人の中には、私は今25ですが、もう住宅を買っている人も結構いますね。
松:買っているのは結婚されている方ですか?男性はマンションを買ってから結婚相手を探すとか、男が住宅を買って女が家具を買うとか、いろんな中国人の意見を私は聞いたことがあります。こういう時ってこちらでははっきり男女で役割分担があるんだなあ、と思ったりしたんですが。
杜:私の周りは・・・男女関係ないですね。女性であっても今は自力で家を買おうという願望がある人は多いと思います。敢えて分けるなら、比較的面積は小さくなってしまうけれど三環以内の中心に住むか、面積も大きめだけれど郊外の五環より外に住むか、そのへんの違いはあると思います。各人のライフスタイルへの指向の違いが一番住宅の選択には大きく関係すると思います。
松:なるほど。どうもありがとうございました。
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