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●インタヴュー3 相手:松原弘典(1970年東京生まれ、建築家) 場所:中関村図書大厦2階にある松原さんのオフィスにて 日時:2005年4月23日 「運河岸上的院子」の設計に携わった建築家の中で、唯一の日本人である松原弘典氏。そんな氏にプロジェクトに関わるようになったいきさつや設計を進めるなかで得た印象、そして6回にわたる本コーナーの連載を通じて感じたことなどをうかがってみた。 ●「運河岸上的院子」のデザインについて 林:最初はどういうきっかけで「運河岸上院子」のデザインを担当することになったのですか? 松:去年の1月頃、そのとき僕はすでに張永和さんの事務所を出て、北京大学で講師をしながら自分の仕事を少しずつやっていたのですが、何かの折に張さんの事務所に行った際、僕が取り組んだ「中関村図書大厦」の内装の話になったのです。張さんはできたばかりの図書大厦を見に行ってくれていたらしく、「よくできているではないか」と言ってくれて、そして「実はモデルルームの内装の仕事があるのだが、やってみないか」という話になりました。その時は、「それはぜひ」と返事をしただけだったのですが、数日後デヴェロッパーの人から電話がかかってきて、「正式にお願いしたい」という話がありました。それから話はトントン拍子に進み、あっという間に契約の話になって、内装の仕事が始まりました。 ですから、きっかけは張さんの紹介、ということになります。どういう意図から僕を選んだのだろう、と思ったんですが、張さんは近年中国国内の仕事では、ただ自分の仕事をとるだけでなく、大きな規模の仕事が来た場合に、いろんな人に仕事を回して、グループとして一緒に設計をやっていく、ということをやりはじめていたころでした。大学の先生になって、社会的な地位を得られたからということもあるだろうし、また、日本の建築家、例えば磯崎新さんなどにも張さんは影響を受けていますから、磯崎さんが若い人に仕事を回しているのを見て、自分もそういう風にやってみようと思われたのではないでしょうか。張さんにしてみれば、そういう志向から僕に仕事を振ってみたというのがあったのじゃないかと思います。 仕事が始まってみると、張さんと私の他に、艾未未さんと王永剛さんというデザイナーがいて、四人で四つのモデルルームをばらばらに作るという状況でした。そして四人が毎週なり2週間ごとに集まって、設計を進めていこう、という話でした。だから集まって何度も話をしたりしていたんですけれど、そこで張さんが最初に僕のことを皆に紹介する時に、「松原は日本人だが、日本の建築家というのは、狭いスペースを有効に活用して住宅を作るということに関しては世界一だ。それを期待して彼を呼んだんだ」みたいなことを言ってくれたんですよ。私は「ああ、そういうことを期待されていたのか」と思って、仕事を始めたんです。実際は広すぎて、狭いところを有効に活用する、ということはあんまり関係なかったんですけれどね(笑)。そんないろいろな要素が重なり合って、この仕事が始まりました。 林:実際に始めてみて、どんな感じでしたか? 松:まず驚いたのは、やっぱりどう考えても敷地が「街の外」だということ。1月末ぐらいに最初に現場を見に行ったのですが、東六環の外側ですからね…。いくら高級住宅を買えるような人はみな車を持っているとはいっても、やっぱり寂しい場所じゃないですか。敷地の周りなどは緑化が進んでいて、夏はとても気持ちがいいんですけれど、冬は運河も水を抜くし・・・。乾いた運河など見てしまうとけっこう寂しいんですよね。あと、周りの環境も完全に河北省の田舎ですからね、そんなところに本当にそんな高級住宅ができるのかな、というのが正直な印象でした。 そして仕事の内容としても、すでにスペイン風のヴィラがいくつか建設されていて、これを気に入っていないから新しいものを作りなおしたい、という話ですからね。僕ももう中国で実務を4年やっていて、そう変な話でも驚かないですけれどね。ただそのスペイン風のヴィラはもう構造図まで上がっているから、お前のやることは構造をいじれない、「改造」しかできないんだという施主の話には最初は悩みました。正直、「どうなるのかな」と思いましたよ、「スペイン風のものをどう変えればいいんだろう」と。 ただ始まってみるとだんだん面白くなりました。4人の設計者で毎週集まって話をしていると、張さんが「こんな屋根の庇は嫌だからぶった切ろう」とか、艾未未さんが「こんなベランダはみっともないからなくそう」みたいにやり始めるわけです。そして新しい図面ではちゃんと屋根の出が小さくなりベランダも消えているわけですよ。ああそうか、そうやればいいんだ、と僕もそこで悟ったわけです(笑)。改造だからといって遠慮することはないんだと。だから、改造とはいえ新築みたいな感じでした。柱などは動かせないので、改造には違いないんですけれどね。それまで僕の頭の中で改造と新築というものは明確に分けて理解されていたんですが、この仕事でそういう考えはすっかりなくなりました。実際、建物を「新築」する場合でも、やはり周りの敷地の状況をよく読んで、それを見ながら建てるわけですから、それだって周りに影響されながら作っているわけで、「敷地の改造」だといえなくもない。
林:改造というのは、純粋にデザイン上のものだったのですか?それとも断熱性などの住み心地の問題も考えなくてはならなかったのですか?もとはスペイン風だったということですが。 松:機能的な要求ももちろん満たしながらデザインを変えていく必要がありました。そもそも今回の場合、我々の「改造」はできたものを「作り直す」というわけではありませんでした。まだ建ってはいない、でも図面は不本意な形ですでにある、だから「図面の上で修正をしながら新しい図面を仕上げてそれにしたがって建てる」必要があったのです。中国の建築工事の場合、図面は「土建図」と「装修図」に分かれます。「土建」、つまり建物の骨格を作る部分が出来た後で、「装修図」に従っていわゆる内装工事が始まるわけですが、このプロジェクトでは「土建図」はもうスペイン風で完成していて、「装飾図」だけが我々に発注された。しかしスペイン風を直すためには「土建図」も修正しないといけない、そういう状態でした。 我々4人の設計者は「内装もやるが、外装もいじろうよ」と考えていたので、柱や梁は動かせませんでしたけれど、外装の材料をいじったり、構造と関係のない窓の位置を動かしたりはしました。そしてそれはだんだんエスカレートしていきました。屋根を壊すなんていうのは本当はルール違反でしょうけれど、張さんは庇を切って天窓まで開けてましたし。僕も構造はいじりませんでしたが、水まわりの位置とかはかなり変えましたね。 林:一番変更されたのは、どの方のデザインでしたか? 松:皆それぞれ変更していると思いますよ。張さんは天窓のほかに階段の位置も変えていましたし、艾未未さんも最初は吹き抜けを作りたい部分が多すぎて、施主に床面積が減りすぎて販売上問題があるから少し調整してくれとお願いされていました(笑)。吹き抜けを作るというのは床を壊してしまうということですが、構造上の変化としては大きな変更です。けれど結局は壊していましたから、いろいろと補強をしたのでしょう。再度構造計算もしているはずだし、そのあたりの費用をどうしたのか分かりませんけれど。 王永剛さんのモデルルームでは、構造はいじっていませんけれど、2階に巨大なお風呂を持ってきていましたね。その浴槽がまた巨大な石をくり抜いたもので、すごく重かったんですよ。施工屋さんは泣いていました。「階段から浴槽が上がらない」って。だから、一度作ってしまった2階の外壁をぶっ壊して窓の部分からクレーンで浴槽を運び込んでいました。床が抜けないように、2階床を補強してもいましたけど。僕のデザインでも、本当は外壁沿いにある水まわりを、2階では内側に寄せたりしました。設備図なども書き直しましたから、調整は多かったですね。 林:水まわりの部分で、主寝室と書斎の間に間仕切りが何もなかったのですが、あの部分は本当はちゃんとドアがつくのですか? 松:いえ、ないです、連続した空間なんです。
林:浴室の湿気はどうするんですか?主寝室とつながっていて問題がないですか? 松:浴室の天井に排気口をとっていますから問題ありません。あそこはトイレにもドアを作っていません。別にトイレのドアってなければないでかまわないと思いませんか? なにしろお金持ちの家で広いですから、臭いと湿気を設備で解決して視線さえ遮れば、なにもがちがちに閉じる必要はないでしょう。 林:バスルームをすぐ出たところに書斎の本棚がありますよね。「本と水」という組み合わせに、私は違和感があったのですが。 松:でも、トイレで便器に座りながら本を読めますよ(笑)。上でちゃんと吸気してますから、湿気は問題ありません。 林:それで寒くはないんですか? 松:大丈夫ですよ。お金持ちの住宅ですから、暖房はしっかりしたのが入っています。張さんに日本人の設計は狭い空間を十分に生かすのが巧いとは言われましたが、僕の住宅ですら400平米あるわけですよ。400平米って、どう考えてもそんなに小さくないじゃないですか。大きい空間はなるべく大きいままにしようと思ってなるべくドアや壁をつくらないように設計したんです。 2階のプランでも、トイレを真ん中に独立させてプランの一番端ですうっと視線が抜けるようにしてあるんです。なるべく空間を連続させると大きく感じるし、せっかく大きい住宅なんだから、大きいスペースをたくさん作ろう、というのが最初のアイディアだったんです。 林:なぜ水まわりを真ん中に持ってきたのですか? 松:土建の図でもそうだったんですけれど、やっぱりトイレが外側にあると、それぞれの部屋がトイレによって分断されて、全体のスペースは小さい部屋の集合になってしまいます。例えばマンションなら、大きなスペースを分断した一区画に住むわけですから、まあこうなっても仕方がない。しかしこの物件は住み手は独立した1棟を丸ごと、しかもかなり高い値段で買うわけで、それが一番の特徴なわけですから、1棟の大きさを感じさせるようなものでないと駄目だな、と思ったんです。 もともとの形が癖がありましたから。これ以上はいじれなかったのですよ。もうちょっと土建の部分からいじらせてもらえれば、もっと面白いものができたと思うんですが。
林:北京は水が乏しい場所ですから、家のスペースのど真ん中でお風呂を使うというのは、非常に贅沢なことのように思えます。そういった「水」に「豊かさ」の象徴を込める意味はありましたか? 松:いや、そういう象徴性には特に興味はありませんでした。ただ今回の仕事で思ったのは、もし次にこういう別荘を建てさせてもらうことがあれば、お風呂をテーマにした住宅を作ったら北京では受けるかもしれないな、というふうには思いました。家に入るとすぐに大きいお風呂とトイレがあって、燦燦と光が差し込んで来て、窓を開けても外気も取れるようになっている、というくらいのものをつくれれば面白いでしょうね。アメリカの大きな住宅だとプールがあるじゃないですか、けど中国ではプールじゃなくて断然お風呂が受けると思う。水まわりっていうのは直接社会の豊かさと関係してくる、と思うのです。 北京では今分譲マンションがどんどんできているけれども、どんなに高級な物件を見ても、水まわりに自然光が入ってこないものがほとんどです。平面上も端っこのほうに押しやられていて、暗くてさびしいところにしかたなく置かれている感じのものが多い。そこではたとえ高価なタイルなど豪華な材料が使われていたとしても、空間としてはなんとなく寂しいわけです。家に入ると大きなお風呂があり、自然光が入ってくる。そんなお風呂が出てきたときに、中国も本当にリッチな嗜好がでてきたな、と言えるんじゃないでしょうか。日本の戸建住宅は、面積が限られているものも多いですが、意外とお風呂に自然光を取り入れるのを重視する人は多いですよね。やはりたとえ小さくても、自然光が入る窓があると、お風呂って違いますからね。 林:光の取り入れ方といえば、一階の部分に鏡をたくさん使っていますね。建物の外側が灰色なので、一歩中に入れば次は銀色、というわけで、色の移り変わりをとても自然に感じたのですが、鏡を多用した意図というのは何ですか? 松:一番大きいのはやはり前にあるL型の庭から光がその鏡面を反射して中に入ってくる、そのことを考えたのと、あとは居間とキッチンと庭というものをきっちりと分けたくなかったからです。ゆるく分けるような感じにしたかったので完全な壁にはせず、1つずつ分かれた形で鏡面の間仕切り壁を立てています。なおかつ鏡だと反射しますから、間仕切り壁があっても反射して空間を広く見せることもできるだろうと。
ただ、中国の人にはちょっと「硬い」と思われたみたいですね。あれは正確には鏡ではなくて、鏡面のステンレス板なので完全な平滑面になっていないんですよ。少し表面が波打っていて、それが像をゆがめるのであまり硬い印象にはならないと思っていたんですが、お施主さんにまでできあがってから「硬い」と言われました。 中国の人で高級住宅を買うような人の好みっていうのは、やっぱり「紅木」という、明清朝の家具に使われていたような色合い、紫檀や黒檀みたいな色合いの家具なんですよ。仏壇色って僕は言ってますけど、よく言えばシックで重厚でどっしりとした感じでないと金持ちには受けないと思われているようです。木目はつぶさず、焦げ茶色から淡くしてもベージュ色まで。それが中国人のもつお金持ちの空間のイメージ色だから、金属とか白いタイルとかを使いすぎると、「硬いね」と言われてしまうのです。真っ白で透明な絵ばかり描いていると、施主には「お前のやっているのはまあ現代的だけど、ちょっと『小白領(30歳前後の若手のホワイトカラー)』が好きな感じだよな」と言われます。今本当に高級住宅を買うのは「小白領」ではなくてもっと中年以上の人たちなんだから、モダンにしすぎてはだめで、もうすこし紅木を多用した重厚な感じのものにしろとよく僕も言われてきました。 だから今、「どうやったらモダンでかつ重厚なものを作れるのか」って真剣に考えているところなんですけれどね。こんなことばかりやってたらホント、日本に帰れなくなっちゃう気がしますね(笑)。
林:「運河岸上的院子」は、最初のコンセプトとして中国の伝統住宅である「院子(四合院住宅の建物と中庭部分)」のアイディアを取り入れる、という考えがあったと思うのですが、外国人として設計に関わられて、その点に難しさはありませんでしたか? 松:実際は「院子」というと四合院の「院子」をイメージするわけですが、今建っているモデルルームとか、その後建てているそのコピーは、基本的には四合院タイプではないですよね。アメリカの郊外住宅と同じで、敷地があって敷地の真ん中に建物がモニュメントのように建っている。 新しくやっている1,000平米を超える「十二大宅」については、まだ「土建図」もなく、まるで新しいところから設計が始まっているそうです。改造ではなく新築なので、もうちょっと建築家の創意工夫が込められるようになっているはずです。張さんや台湾、シンガポールなどのデザイナーが関わっています。どうも華僑系の人が好まれて選ばれたみたいですね。これは建築構造を決めて、全て中庭型にしようとしているそうです。敷地いっぱいに建物が建っていて、中に庭をとる、という形ですね。ですから「十二大宅」については中国の四合院に近い形になるのではないでしょうか。 林:では、モデルルームを作るときは、「院子」という概念については何も意識しなかったということですか? 松:もともとがスペイン風でしたから…。最初のスペイン風住宅ができた時はまだ「院子」という物件名はなかったわけですよ。張さんが入ってきて改造することになって、モデルルームの内装設計、施工が終わりかけたころにようやく「運河岸上的院子」という名前が決まりました。今回のモデルルームでは「院子」のアイデアは直接は関係しておらず、これから作られる「十二大宅」や「会所(=集会所)」などの新築部分でそういうアイデアが反映されるんじゃないですか? この名前はちょっと特徴的ですよね。結構今、北京のマンションって歯が浮いちゃうような恥ずかしい名前がつくわけですよ、「後現代城」とか。けれどこれは「運河の岸」にある「庭付き住宅」というわけで、ちょっと状況説明的な名前なわけです。そういった意味では大人っぽいネーミングなのではないでしょうか。SOHOチャイナが作った「長城脚下的公社」と同じ感じですよね。あれは「長城のふもとの公社」という名づけ方なわけですから。 林:では、「運河岸」はスタート時は中途半端ではあっても、最終的にはやはりテーマなどの統一がとれた、と考えてよいのでしょうか。 松:そうですねえ、でもやはりちょっと中途半端ですね。「十二大宅」ができて、「会所」ができるとこの案は一応完結して印象が変わるのかもしれないですね。そのまた後ろにはまったく新しいものを作ろうとしているわけですから、そうするとさらに別の統一性が出てくるかもしれない。やっぱり中国の人たちはおおざっぱというか息が長いので、作ってから考えて、考えてから作る、という感じになるんですよ。今はまだ少しちぐはぐでも、だんだん巧くなっていくんじゃないでしょうか。 林:しかし、今例えば「運河岸」に住んだとしても、交通の便にせよ、買い物にせよ、家自体は居心地良くできたとしても、生活上はかなり不便なのではないでしょうか? 松:やっぱりずっとは住めないでしょうね。週末に来るだけになるんじゃないですか。学校やスーパーもないし。買い物したくたって一歩外に出たら河北省のド田舎みたいで何も買えないわけです。多分平日はお手伝いさんだけ住んでいて、週末だけ主人が北京中心部から車で来る、みたいな感じでしょう。もうちょっと周りの環境がよくなり、他のマンションが建ち、生活区として成り立ってくれば変わってくるかもかもしれませんが、今はやっぱりまだセカンド・ハウスでしょうね。8千万円のセカンドハウスになるわけだけれど。 林:あったら便利だなあ、という感じですか?松原さんご自身にとっては。 松:僕自身はきっとうまく使えないですよ、もしこういう物件を持っていたとしても。やっぱりここに住もうというひとはまだクレイジーな人々ですよきっと。すでに何棟か売れたと聞きましたけれどね。この間施主から電話がかかってきて、安藤忠雄さんか磯崎新さんを紹介してくれって言われましたね。イベントを打とうとしているみたいで、日本の建築家を呼んで座談会みたいなものを開きたい、と言っていました。200棟以上ありますから、売るのも相当がんばらないと厳しいでしょうね。 林:隣接する地域の開発が進んでからはどうでしょう? 松:開発が進んでも周辺にこれと同じクラスの物件はできないでしょう。恐らく若手ホワイトカラー向けのもう少し廉価な物件しか出現しないだろうから、できたとしてもこの住宅区にとってそう状況は変わらないんじゃないでしょうか。購買層や移動手段などまったく重ならないわけですから。 林:この他に、デザインの上で「ここだけは譲れない」、という部分はありましたか? 松:家具選びですね。これはもう、不思議な経験でした。自分で特注家具を一部設計しもしたんですが、既製品も買ったんです。最初この計画が始まったときは、家具の選択も私に任せる、どんな高い家具を選んでも構わない、ということでした。1棟だけなんだから、高級感を出さなくてはだめだ、というわけです。で、デザイナーである我々4者のあいだでスケジュールが組まれまして、デヴェロッパーとコンサル会社の方がそれぞれ1人ずつついて、各デザイナーといっしょに家具屋めぐりをしたんです。 コンサル会社の人というのは、「こういう風に作った方がモデルルームは売れる」、というアドバイスをする人ですね。そしてデザイナー4人を毎日1人ずつ車に乗せて、北京市内の家具屋さんをあちこち回るんです。何カ所か決まったところがあるんです。私たちだけでも全部で4、5回そういうツアーをしました。 最初はどんな高級家具でもいい、と景気の良いことを言われて逆に選ぶのに困ったりしていたのが、後では「これとこれは似ているから安いメーカーのものを買うべきだ」とか「この家具はすでに他のデザイナーが選んだからおまえは別のを選べ」みたいな話もありました。まあ、何でも自由に、というわけにはいかなかったですね。 林:やはり予算はちゃんとあったのですね。 松:でもそれほど厳しくもなくて、基本的にはいい家具を選ばせてもらいました。金額はそう問題じゃないんです。そういう家具屋に行くと、売る人も慣れているんですね。ああ、モデルルーム用ですか、じゃあこういうのはどうですか、って。今の北京ではきっとこういうモデルルーム向け市場がああいう家具屋さんをきっと支えているんだと思います。だってべらぼうに高いですから、輸入品だと本国の3倍程度に価格が膨れています。そういうところにもある種のひずみがあるんでしょうね。 一方で外国の一番いいものを輸入してます、というような家具屋に行くと、大体駄目なんですよ。「これが欲しい」と言っても、「これはサンプルしかなくて、新品を取り寄せるには3ヶ月かかる」、とか言われちゃうんです。それでは間に合いません。だから最初にこれ欲しいけど1ヶ月以内に用意できる?と聞くんですが、たいてい駄目なんです。僕たちのリミットは1ヶ月しかなかったから、結局最後は安い国内メーカーに特注でそっくりのものを作らせることで代用したものもありました。2階のメインベッドルームのベッドなんかは輸入品で本当に高かったけれど。
林:コンサル会社の方々というのはやはり北京の市場がどんなものかを把握しているのでしょうね。 松:ええ、やっぱり結構ローカルな事情に通じていないと駄目みたいで、北京は北京、上海は上海でデヴェロッパーの相談に乗る開発顧問会社みたいなのがいくつかあるようです。 林:モデルルームを作る上で、住む人をどんな人に設定するか、ということについては何か指定がありましたか? 松:最初に一度4人で集まったときに、コンサル会社の人も来ていろいろ決めたんですよ。例えばあなたのモデルルームは、住人は3人家族でお父さんは映画制作会社の社長で、お母さんは外資系企業で働いていて、年収はいくらくらいで、子供の趣味は何で、お父さんの趣味は何で、地下室にこういうものがあるべきだ、っていう具合に。でも結局4人ともそれは無視してました。「意味がない」と言って。 林:4人での集まりは何回くらいもたれたのですか? 松:4回ぐらいでしょうか。それは最初の頃ですね。そして4人がそれぞれ違う感じになるのを待って、というのは「違う」ことこそが目標でしたから、それぞれの方向性がバラバラであることを確認してから本格的な作図など設計実務を始めました。 ●6回の取材をまとめて 林:今回松原さんは、「運河岸」を含めて6カ所の北京の民間デヴェロッパーの物件を見てこられたわけですね。日本風の建物あり、ドイツ風の建物あり、とこの街は建築にどんどんと外国のデザインを取り入れている国際都市だと思うのですが、それは北京の景観を豊かにする上でうまく生かされている方だと思いますか? 松:個々で見ると、例えばドイツ風だったらドイツの設計者にやらせたりしていますから、結構いいものができてはいるんですよね。断熱性能が上がったサッシをとりいれましたとか、優れたユニットキッチンを入れたとか。でも、街全体として見た時にどうなのか、といわれるとバラバラな印象が否めないですね。まあ、バラバラになるのは現代都市の必須の条件だから仕方がないんだけれども、でもなにかもうちょっと効率よくやれないものなのかな、と思います。 林:外国のデザイナーに対する需要は大きいのでしょうか? 松:だんだん減ってきているとは思いますけれどね。やっぱり中国のデザイナーの力がついてきている、というのと、もう本で学べたりするのだから、わざわざ外国からデザイナーを呼んできたりしなくていいんじゃないか、という風潮は強くなってきていると思います。僕なんかだんだん競争が厳しくなってきているわけですが、もうちょっと早く来ていればもっと良かったのにって皆に言われますよ。来るのが遅かったって。 林:現在の北京でも、中洋折衷の奇妙な建物はまだかなり目立ちます。中国風の景観を強調するための都市計画の一環に「都心部のビルの屋根を傾斜させる」というものがあるために、普通の高層ビルにいきなり中国風の屋根がのせられてしまうような現象も起きています。でもこれを「やっぱりおかしい」、と感じている北京市民も多い。そこで、「じゃあ外国はどうなっているのか?」と、外国の視点を欲しはじめていると思うんです。そういうところでは、まだまだ外国人の役割は大きいのではないでしょうか? 松:そうかもしれませんね。外部的な視点を入れる、という意味ではね。北京でも80年代ぐらいに建てられた建物は、たとえば長安街にあるそれなんかは、変な建物が多いですよね。海関のビルとか婦女センターとか、必ず屋根がのっているわけですよ。でもそういう流れも一応80年代くらいでひと段落して、90年代以降は少しモダンなものが増えてきて、「中華民族の固有性を強調しよう」というのは、少なくとも行政が主導する大規模プロジェクトの中ではちょっとずつ減ってきているとは思います。今は外国人もいっぱい参与してきているし。新しい国家大劇場やCCTV新社屋、オリンピック体育場なんかそうでしょう。 そんな中で、今回のプロジェクトでは「新しい中国らしさとは何か」、というのを考えようとしたのが特徴なんではないでしょうかね。まだあまりうまくいっていないですけれど。これからこうしたテーマはまた話題にされていくことが増えるんじゃないでしょうかね。つまりもろに中華の歴史みたいなものをコピーするわけではないけれども、それを新しく現代的に翻訳するにはどうしたらいいか、というように。「運河岸」も「観唐」などの物件よりは中国の伝統を現代的に翻案しているわけですし。 実際、ファッションの世界では中国式の服を現代的にアレンジしたものって、今は結構多いです。特にインテリの女性がよく着てますよね。大体下はパンツで、上はちゃんちゃんこみたいな組み合わせなんだけれど、結構きれいなデザインのものが出てきている。先の上海で開かれたAPECで江沢民が各国首脳と並んで記念撮影をしたときに着ていたスタイルで、あの服はぱっとしなかったけど、ああいうデザインでもっといいものが急速に伸びてきている。そういう中国服のモダン化、みたいなものはあるわけですから、建築でもうまいデザインが出てくれば、同じような流れができてくるかもしれない。 林:では、中国的なモダンさ、現代性とはどういったものなのでしょう。 松:うまく説明できないですけれど、まあ服ではそういうものがあるわけです。建築だとどうなんでしょうね。張さんのデザインはグレーの外観で中庭つきで、そういった問題に答えようとしているわけですね。建築でそれがどういうものなのかは、中国人の人がまじめに考えればいいんじゃないでしょうか。僕は中華民族の歴史性がどうっていうことよりは、北京での街の気候とか今の人の生活にふさわしい建築とは何かというところから考えるようにしているので、あんまり深くそういう問題を考えたことがないんですよ。個人的には建築設計をするときは中国という国を背負う必要なんてないと思うし。でも中国人の建築家にしてみればもうちょっと違うことを考えるのでしょう。 日本で現代的な感覚を持っている建築家の多くは、自分から「日本らしさ」とは何かなんて言わないですよね。例えば安藤忠雄さんだって自分からは言わないわけです。ただ彼の中に日本らしさを見出す外国人はたくさんいる。でも張さんをはじめとして、中国の今の設計者はちょっと違う、自分から中国らしさを口にするわけです。今がそういう時代なのかもしれないけれども、一種の不安に近い感覚なのかもしれないですね。外国の人がいろいろ入ってきて市場を奪っているわけだし。 先日丹下健三さんが亡くなりましたが、日本の高度成長期にオリンピック施設を日本人設計者が自ら設計し、それが世界に誇る建物になったという事実はすごいことだと思うんですよ。それと比べれば今の北京のオリンピック施設は軒並み外国人設計者がとっちゃってるわけですから、中国人建築家が自信をもてないというか、もちたいという欲求があるんじゃないかなあと思います。 林:ファッションやインテリアの世界でもあると思うんですが、外国人が見た「中国らしさ」を中国人が逆手にとって、これがわたしたちの中国らしさなんです、と強調していることってありますよね。 松:そういうことはあるでしょうね。日本でもそういうことってありますからね。例えば海外経験のある日本人が日本に帰ってきて、そういう意識から逆に日本らしさを前面に出していくということはあるわけです。だからやっぱり外部の視点を持っている、ということは大事ですよね。張さんはそういった点をよく考えている建築家だと思います。 林:松原さんには、これが中国らしいから応用してみようとか、そういう思考が働いたことはないですか? 松:僕にはあんまりないですね。中国っていうのはないけれど、この今の都市の密度感やスピード感は気にしているし、なにかそういうものを反映するなり活かした設計をしたいとは思っていますが。 林:中国らしさとは、やはり伝統へのこだわりでしょうか。 松:伝統に限らなければ外国人も入っていきやすいと思います。人が大勢いる状態とか、変化の速さとか、そういう現代都市の状況にこだわる人がいてもいいと思います。 林:現代アートの作品などを見ていると、表情の単一さとかも現代の中国を反映しているように感じられます。 松:そうですね、アーティストの方がそういうことに敏感ですね。シニカルに今の中国を捉えなおしたりする人もいるし。 林:では、いろいろな物件を見てこられて、これからの北京にはどういった住宅物件が必要だろうと思われましたか? 松:そうですね。僕が見てきたのはどれもストレートじゃないと思うんですよ。全部変化球というか。一番大きなマーケットに向けてズバーンとストレートに投げている人がいない気がします。インコースとアウトコースのすれすれのところを掠めているような物件ばかりが目についたように思うんです。 大多数の人たちがいったいどんな建築を求めているのか、というのが結局分からなかった気がします。つまりそういう住宅が今ここにはないんじゃないでしょうか。それをどうやってつくればいいのか?ああいうのもある、こういうのもある、と外側を埋めている気はするのですが、真ん中をズバーンとつかんでいる感じがしないのがもどかしい、というのが今回6つの物件を見ての印象です。実際は真ん中がないのかもしれないです。皆端の方ばっかり見てしまって、真ん中が見えていないからそういう物件も出てこない。 林:先ほどのお話にあった自信のなさ、というのもあるのでしょうか。何を求めていいかわからない、といった。 松:まあ、そういうこともあるのかもしれませんね。 林:ストレートな球、というのは日本でいえばどういった物件ですか? 松:例えば高度成長期の郊外型の団地とか、住宅公団がやっていた住宅とかは基本的に完売しましたよね。一部の民間のデヴェロッパーが作った建売住宅とかも。売れて人が住んで、もう30年くらい経っているものも多いんじゃないですか?最近は都心でもマンションが売れているようですし。 林:やはり対象がずばりと定まっていて、それに向けて建設されている、ということですね。 松:北京の今のマンションブームは投資目的の人が多いですから、新築マンションで住む人がいなかったりしますよね。完売したはずの物件を訪ねても夜行くと真っ暗だったりします。ああいうのは何だか不健全ですよね。投資目的で買うのは悪くはないんですが、あれだけ空き家があるってことは、まだ家賃が高いということでしょう?市場と価格設定との間で問題が起きているということですよ。借りたい人と貸したい人のズレがまだ大きい、ということなのでしょうし。 林:では、自分はこういうものを作ってみたい、そういうものはありますか? 松:今回のこの「運河岸」の仕事も面白かったですけれどね。ストレートじゃないというのは少なくとも現実なわけです。やっぱりまだ今は外国からきた建築家が中国で何か仕事をしようとすると、どうしても作業効率と設計料のバランスから考えて、アウトコースすれすれの物件じゃないとペイしないんでしょうね。僕たちなんかは別に大きな会社じゃないから、ストレートをやろうと思えばやれると思うんですけれど、ただそういう仕事の機会がなかなかない。機会があればストレートな、「今の北京の中流市民が普通に求める普通の住宅」を独自の設計で実現化したいと思いますね。 林:デヴェロッパーについては、北京では日本と役割が違うという点はありますか? 松:基本的に土地を準備して、そこに上物を乗せて、付加価値を高めてそれを売る、という点では日本も中国も変わらないでしょうが、でもやっぱり今の中国の不動産業界はすごくお金が集まってきていて、不思議な人が多いですよね。いろいろなイベントを打ったりもしていて、あたかもそれが一つの文化のように語られているわけです。雑誌なども分厚いものがたくさん出ていますし。そこにそれなりに資本が投下されているというか、不動産屋が中心となって文化活動なるものを行っているわけです。 例えば去年の夏に第一回の北京建築ビエンナーレがありましたが、結局あれだって張宝全という個人の不動産王がポケット・マネーでたくさん資金提供してやったようなものだったわけです、自分の会社の宣伝も兼ねて。それであまりに主催組織が偏っていて、だからどうも変なビエンナーレだったわけです。こういったところは日本のデヴェロッパーと大分違うんじゃないですか?まあ日本でも森ビルさんとかいろいろな文化活動をされているわけですが、中国の方が公と私、商売と芸術の区別がわかりづらくなっているような気がします。もちろん張宝全が中国のいろんな建築家にチャンスを与えているという事実もあるんですけれどね。 林:ではそれが今後成熟していくという可能性はありますか? 松:成熟する前にまずクラッシュするんじゃないでしょうか。そのあと成熟があるかもしれないけれど。 今回6つのデヴェロッパーの物件を見たわけですが、全部売れて、全戸埋まって住民がたくさん住んで、楽しそうに暮らしている、というものは光明公寓の1つだけです。しかもあれはかなり昔からある物件です。今活躍している中国の不動産業界の人たちが十年後何してるだろうか、ちょっと想像がつかないですよ。日本の森ビルだったら、十年後まだ存在しているだろうと僕は思うけれど、中国ではまだそういう不安定さがあるように見えます。僕も一緒に成熟していければいいんですけれど。 |
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