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インタヴューの前に―
   ペキンのインターナショナル・スタイル
物件データ
インタヴュー1
インタヴュー2
インタヴューを終えて


●インタヴューを終えて

 何かと話題の物件である。日本人が設計した建物がここまで中国国内でも評価されているということはすごいことだと私は思う。中国では今でもなにかあると日本については政治的なバイアスがかかる。北京上海間の高速鉄道整備にしたってシベリアとのガスパイプライン敷設にしたって、政治抜きでは日本人は経済活動できない場面がまだ多すぎる。とくに規模が大きくなればなるほどそうだ。

 しかしこの物件は明らかにそういう流れを変えている。中国における卑屈な日本、という問題設定をひっくり返している。中国国内でこの建築を悪くいう論調にはほとんどまず出会わない。それは建築専門内外を問わずそうだ。日本人が設計したということも特に隠されるわけでもない。これって理屈ぬきにすごいことだと思う。山本さんは中国における日本人設計者の株を上げた功労者で、僕もそういう意味では(すごく遠いけど)感謝すべきなのかもしれない(笑)。こういうものにこそ日本建築学会の作品賞は授与されるべきだし、在北京の日本大使館はここにこそ文化交流施設を設置すべきだと私は思う。恩恵にあずかるのは設計者だけではない、メイド・イン・ジャパンはやはりきちんとしているという印象を中国社会に対して強烈に訴えているという意味では、日本の製造業界も恩恵を受けている。肯定的な評価が積極的に中国人の間でも語られるのは国家プロジェクトでなく民間のデヴェロッパーの物件だというのもあるのだろう。アンドリューのオペラ座が、コールハースのCCTVが、ヘルツオーク+ド・ムーロンのオリンピックスタジアムが、公共建築ということもあってコンペで決まってからも喧々諤々の論争でたびたび建設中断の危機に瀕しているあいだに、山本さんは民間デヴェロッパーと効率よく1つの風景を完成させたのだ。

 あるいはもっと正確に言うなら、山本さんの設計はテイストの部分ではいささかも「日本」を背負っていない。それは日本風の住宅ではなく、ましてや中国風でもない。インターナショナル・スタイルというテイストを頑なに守った住宅である。はじめに実現した白いモダニズム建築があり、その設計者がたまたま北京生まれの日本人建築家だったということなのかもしれない。山本さんが背負っていた「日本」は、むしろ施工レベルに対する読みの正確さや、変化し続ける現場の状況に対する迅速さだった。そういう一見しただけでは見えない「ものづくりの日本」を背負っていたからこそ、中国社会でより広い層に受け入れられたという考えも成り立つかもしれない。

 そこに立つとわかるのだけど、この規模と雰囲気は圧倒的だ。数年以内に70万平米すべてが全容を現すわけだが、そうするともっとよくわかるだろう。こんな規模でモダニズム建築が実現している空間って今まで世界中にあったのだろうか?20世紀を通じて洗練されてきたモダニズムが、ここまで立体的に、大規模に、公共事業でなく、わかりやすい形で統一されて作られている場所は今までなかったのではないか?それがしかもブラジリアみたいな画一化された形でなく差異化されており、民間の資本で作られ、それが市場に受け入れられ完売したのである。そして冗談みたいだけれど、それが社会主義の国の首都での出来事だというんだから。これは今まで私たちが目にしたことのないような場所なんだと思う。

 インタビューでは2つの住人のケースを見たが、こういうところではほとんど日本のインテリと変わらないような非常に洗練された快適さに関する感覚が根付いているなあということを実感した。確かにこのマンションは値段も高いけれど、単なる成金趣味的な価値観はそこにはない。中国初のぎらぎらしていない高級マンションと呼べるのではないか?この物件を選ぶくらいの住人なら、ものすごく正確に知っているのだ、何が豊かでなにが貧しいか、何がホンモノでなにがニセモノか。外国の事情も知った上で判断できるだけの状態がもう揃っているし、そこには日本の周回遅れの中国ではない、新しいものを同時に選び取っていけるだけの価値観が根付きつつあるように思ったものである。


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