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●インタヴューを終えて
北京に住んでいてもふだん外国人の公寓に足を踏み入れることが少ないので、今回光明公寓に行って、自分が外国人用マンションに対して抱いていた印象がだいぶ変わったように思う。東京の外国人マンションのようなところを想像していたので、何か非常に高級な、セキュリティの高い張り詰めた場所をイメージしていたのだけれど、そのイメージはいい意味で裏切られた。もちろんここは24時間門番がいて一般の中国人が気軽に入れるようにはなっていないし、管理の行き届いたプールやリッチな緑地が敷地内に広がっている。家賃だって個人では支払えないくらい高額だし、中にあるスーパーやレストランも日本価格に近い。しかし実際そこを訪ねると、なんというのだろうか、落ち着くというかのんびりしている感じがしたのである。それは一昔前のミサワホームが日本の建売住宅地の密度で配置されているからかもしれないし、子供たちが外を元気に遊びまわっていて非常に庶民的な雰囲気が現れているからかもしれない。
以前の住人も含めて、この公寓をよく知っている人に話を聞いていくと、ここがいい意味で「緩い」場所だという意見が多いことに気がついた。北京では公寓によっては非常にドライに運営しているところもある。たとえば公寓が主催する夏祭りのようなイベントに、住人でない友人が参加したり、アイさん(お手伝いさんのこと)が友達を連れてきたりすることに対して、光明公寓は比較的おおらかだけれども、多くの公寓では別に入場料を取ったり、入場を断るところさえあるという。公寓が運行する買い物バスに、住人である外国人以外のアイさんを乗せることをいやがる公寓もあるとか、公寓主催の料理教室に住人本人でなくアイさんを参加させる人がいてそれはいかがなものかと問題視するような風潮があるとか、ほかの公寓で往々にして話題になる話もいろいろ耳に入ってきた。つまりクラスの問題がそこにはある。住人である外国人と出入りする中国人をどこまで分けるかという問題なのだが、光明公寓はそのあたりの運営がいい意味で「緩い」らしい。そういう「緩さ」を含めて日本らしいと言えるのかもしれないし、それがそもそもこの住宅地の雰囲気をのんびりしたものにしているのに一役買っているのかもしれない。「ゲーテッド・コミュニティ」の物々しさが薄められている感じがしたものだ。
少し前までは写真を撮ることさえ難しかったり、外国人が入ることのできる地域が限られさえしていた北京だが、改革開放で今はどんどん自由な人の行き来が可能になってきている。しかし一方で最近は、資本の力を背景にした新しい「ゲーテッド・コミュニティ」がたくさん作られつつある。光明公寓の「緩さ」はその中でほっとさせられるような傾向なのだけれど、一般の人が自由に入れない地区が増えていくことが、この街にどういう影響を落としていくのか。変化は今まさに起こりつつある。
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