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アトランタの学校は夏休みになりました。 今日(5/28)は、今までの戦争でなくなった多くの方々を偲ぶ“メモリアルデー”で、 休日になっています。 日本のような梅雨はないということですが、この頃はサンダ−ストームが時々やって来ます。 今日も、朝から雷とともに強い雨が降りました。 長女は、5才前にかかった急性脳症の後遺症で、多少の肢体不自由があり、 知的発達は生後6ヶ月と言われていて、言葉がありません。 また毎日、痙攣(けいれん)の発作がありますので、抗痙攣剤が欠かせません。 このため、体の検査や薬が必要で、病院とは縁が切れない状態です。 現在、アトランタに引っ越して来てから4ヶ月が過ぎたところですが、視力・聴力・血液・脳波・ MRIの検査を終えて、アメリカの抗痙攣剤を試している状況です。 今回のレポートでは、これまでの数回の通院を通して見たアメリカの医療について ご紹介します。
日本では、長女を病院に連れて行く場合、総合病院の小児科や障害者専門の病院にいきなり行っていましたが、 こちらの私たちの場合は、初めにホームドクターである“日本クリニック”(アトランタの他、全米で4箇所にある)で受診し、 そこで脳神経専門のドクターを紹介していただき、さらに検査はその専門医から指示されたところで受けるという 手順を踏みました。また検査も、日本のように一つの病院で全てを行うのではなく、血液は日本クリニックで、 脳波は脳神経専門医のオフィスで、MRIは子ども病院で・・というふうに、バラバラのところで受けましました。 どの病院も緊急ではないので、予約が必要になります。予約から受診や検査までの期間が約1ヶ月というのが普通で、 ひどく時間がかかるというのが実感です。 また、薬は受診の時にいただいた処方箋を家の近くのスーパーなどの中にある薬局に持って行って、 受け取らなければなりません。日本では「脳波の検査の日に他に必要な検査(たとえば血液検査・MRIなどの)を 一緒にして、先生の診察を受けて、病院内やすぐ近くの薬局で薬を受け取る」ということができていましたので、 不慣れな私はこちらのやり方に戸惑うことが多く、初めのうちは時間と手間がかかってイライラするし、 とても不便に思っていましたが、何回か通院するうちに、これは医療の本来あるべき姿なのではないか と感じるようになりました。
脳波検査 日本にいた頃、長女の脳波検査は「動いては検査ができないから」ということで、睡眠薬を飲ませ、眠ったところで 行っていただいていましたが、こちらでは日本のように睡眠薬を使うことはありませんでした。 日本では、検査の前、娘が眠るのを待たなければなりませんでしたし(1〜2時間)、 検査後、眠っている娘を車に乗せたり、家に運び込むことは大変でした。 このため、脳波検査は、長女を家に入れるのを主人に手伝ってもらえる土曜日にアポイントメントをとっていました。 また、検査を終えた日は娘が夕方まで眠りぱなしに加え、目覚め始めるとフラフラする体で歩こうとして転んだり、翌日も 薬の影響を受けてボーッと眠たそうにしていましたから、睡眠薬を使わないこちらのやり方は、娘や私には肉体的にも 精神的にも負担が少なかったです。 検査の機械はアメリカも日本も同じようなもので、多くのコードの先に電極のような物が付いており、それを糊のようなもので 頭にくっつけていきます。また、これは日本でなかったことですが、包帯を頭にくっつけた電極の上から頭をしっかり巻いて 少しくらい動いても外れないようにしてくださり、ベッドの上で動こうとする娘を、私が無理矢理寝かそうとすると、 「大丈夫だから」とそのまま好きにさせておいてくれました。 検査時間が、日本の倍くらいの長さだったことや、途中で入れるフラッシュライトの当て方の種類・回数も多かったことなどから、検査が日本よりも細かく丁寧になされている感じがしました。 日本の病院で、睡眠薬を飲ませた後、子どもが眠るまでの間、病院の廊下をうろうろしていた他のお母さんや私自身、 体が大きなお子さんが検査で寝てしまうため、お仕事をお休みして来られていたお父さんを思い出すにつけ、 「もしアメリカのやり方で脳波の検査が問題なく実施できるのなら、日本もそうして欲しい」と切に希望します。
検査は、まず事前の準備※がきちんとなされているかの確認、そして、血圧など体調のチェックが、娘がリラックスできる 椅子に座った状態で行われました。それから、娘はストレッチャーに寝かされ注射で眠らされました。 すると3分もたたないうちに、本当に眠ってしまいました。これには驚きました。 その後、検査室にストレッチャーで運ばれた娘を、男性の係りの人が、看護婦さんと一緒に、シーツごとMRIの機械の台の 上に移してくれました。検査の時間は、こちらも脳波のときと同じように、日本の倍くらいに感じられました。 私はこの間、検査機械の横に用意されていた椅子に座って、渡された耳のカバー(騒音よけ)をして そこに置かれていた雑誌を見ていました。 検査が終わると、娘はまた初めの診察室にストレッチャーのまま戻されましたので、1時間程回復を待ちました。 この間、娘にはモニターが付けられ、血圧などのチェックがなされているようでした。時間が経って、目を開きそうになった ところで、看護婦さんが娘に呼びかけ、寝たままの状態でストローをくわえさせて、オレンジジュースの飲みっぷりや クッキーの食べ方で、回復の様子を確認していました。 帰ることができるようになったところで、看護婦さんは車椅子を押して駐車場まで連れて行ってくれ、フラフラしていた娘を 車に乗せるのを手伝ってくれました。そして「家で下ろすときは、なるべく手伝ってもらうように」と言い残して 空の車椅子を押して去っていきました。日本では、診察室を出てからは全て私一人でやっていましたから、 手伝ってもらえることにびっくりしましたし、細かいところまで行き届いていることに感心しました。 この検査では、さらにびっくりすることが待っていました。 病院から出るときには車の座席にようやく座れる程のフラフラの状態だった娘が、家まで(車で30分ほど)帰る途中の 車中で、嬉しそうに声を上げて手をパチパチ叩いているではありませんか。もうすっかり目が覚めていたのです。 この回復力の速さに、この薬のすごさを感じました。 検査結果については、後日、電話で連絡をいただくことができました。 ※事前準備については、検査の3日ほど前に電話があり、“当日は食べ物を摂らない” など細かい指示があります。
視力検査 長女の場合、視力検査は瞳孔を開く薬を使って行われます。日本では、嫌がる娘を押さえつけるようにして、 間隔をあけて2回、目薬をさし、瞳孔が開くのを30分程待ちましたが、こちらでは、中の待合い室の椅子に座ったまま、 目にスプレーの薬を1回かけて、5分ほどで診察を受けることができました。手順や待ち時間の違いを感じます。
ここでは、医師のオフィスへ行って受診する場合(総合病院ではなく)について ご紹介します。建物は、普通のビルになっていて、表からは病院とはわかりません。 建物が面している道の横に、病院の名前が小さくあるだけでした。 オフィスのドアにも看板や表示がなく、ホテルのように部屋番号があるだけです。 オフィスによっては、入口と出口が別々で、入口側に受け付けのカウンターがあり、 出口側に次回の予約や会計をするカウンターがあって、混雑を避けているように 感じられました。 また、ビル全体の駐車場に車を停めますが、駐車場からオフィスまでは 屋根がある通路などで、雨でも濡れないようになっています。 病院の待合室には、日本のような事務的な長椅子ではなくて、一人ずつ座れる カラフルな椅子などもあり、患者がリラックスできるようにコーディネイトにも 気配りされているのを感じました。看護婦さんは、日本のように白衣や帽子をつけず、 アニメの図柄のような楽しい感じがするスモックを思い思いに着ているので、 雰囲気づくりに役立っていると思います。また、娘が受診した病院内部には 独特の消毒薬の匂いがないので、患者の緊張感が薄らぐのでは、と思います。
日本では、医師がいる診察室に順番に入って診察を 受けますが、アメリカでは診察室がいくつかあって、 患者がそこに案内されて待っていると、 医師がカバンを持って入って来て診察をする、 というふうにやり方が違います。 私は、アメリカの方が、診察室に出入りする時間を 短縮できるし、診てもらっているという患者側の精神的な 負担も軽くなるような気がして、好ましく思いました。
アメリカで何度か手術を受けた日本人から、次のことを伺ったことがあります。 ・手術前に丁寧なインフォームドコンセント(説明)があった。 ・医師から強制されるのではなく、あくまでも患者が判断する。 ・必ず、了解のサインを求められる。 ・もしもの時のために、臓器提供の話があるが、断っても気持ちよく対応してもらえたので、 申し訳なく思うことはなかった。 ・日本では、手術の初めだけ麻酔医が居るのに対して、アメリカでは、その手術が終わるまで麻酔医が付き添う。 上記のことや、これまでにご紹介したいくつかの例から、アメリカの医療について、下記のことが言えると思います。
・対象となる患者の負担を軽減させようとする“患者本位”の姿勢が見られる。 ・スタッフの人数や医療の内容が充実している。 ・“医師から患者へ”という一方通行ではなくて、話し合える環境にあり、治療内容がガラス張りになっているようだ。
「アメリカの医療は、日本よりも20〜30年進んでいる」ということをときどき耳にします。娘の抗けいれん剤がアメリカの薬に変わった直後、めざましい変化が見られましたから、これには納得でした。しかし、こうした薬やスタッフや内容の充実もさることながら、“患者の立場に立った医療がなされている”というのが一番印象的でした。